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心はいつも日本にあった…バレー「最後のチーム」清水で優勝を

[ 2013年3月1日 14:26 ]

5年ぶりに日本復帰した清水FWバレー

J1注目の男 清水FWバレー

 再び日本でプレーすることに喜びと使命を感じている。G大阪に所属した08年以来となる日本復帰。清水のFWバレー(31)は「また日本に戻ってくることができて夢のようだ。感謝の思いを込めてプレーしたい。若い選手が多い清水で自分の経験を生かし、必ず優勝をもたらす」と誓った。

 08年8月から4年余りは中東のクラブに所属した。しかし、いつも心は日本にあった。「ずっと日本に戻りたいと思っていた。いつか来る、その日のために技術も精神面も鍛えていた」。中東では「日本のことを考えると泣きそうになる」と、あえてJリーグの情報を遠ざけたほどだった。

 決意は言動に表れている。鹿児島キャンプ2日目の2月3日。練習後に宿舎で行われたミーティングで、自ら発言の場を求めた。「私はエスパルスをキャリア最後のチームと考えている。何としても優勝したい」。チームメートとスタッフに向けて熱く語りかけ、チームに一体感を生んだ。

 昨季の清水は攻撃力を求めてFWフランサらの助っ人を獲得したが、期待を裏切られた。オフには昨季のチーム得点王だったFW大前がドイツへ移籍。バレーの働きがチームの明暗を左右する。

 Jリーグでプレーした過去7年間は、いずれも2桁得点と実績は申し分ない。中東では4年間で5つのタイトルを手にし「チームタイトルの大切さを知った。清水の若い選手にタイトルを獲る経験を味わってもらいたい。そのために、自分のゴールが必要になってくる」と精神的にも成熟した。チームタイトルの重みを知ったからこそ、個人的な目標は設定しない。優勝を手にした時に初めてバレーの心は満たされる。

 ◇バレー 本名ジャデル・ヴォルネイ・スピンドラ。1982年1月18日、ブラジル生まれの31歳。16歳で本格的にサッカーを始め、98年にグアラニに入団。01年大宮(当時J2)に期限付き移籍。その後、ボタフォゴなどでプレーし03年大宮に復帰し、甲府、G大阪とJリーグで6年間プレー。J通算231試合115得点。1メートル90、77キロ。既婚。

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2013年3月1日のニュース