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2009年(平成21年)1月14日(水)
挑戦を続けた御所工・実 竹田監督の20年(ラグビー)

 20年間、挑戦し続けた男の裏に知られざるエピソードがあった。花園4度目の出場にして初の全国制覇はならなかったが、決勝まで進んだ御所工・実の竹田寛行監督(48)だ。

 夢への道のりは平坦(へいたん)ではなかった。就任1年目は部員2人。公式戦には5年間未出場。そんなチームで始まった。部員をかき集めてなんとかチームとしたが、予期せぬ出来事が襲う。練習試合中、スクラムの事故で北島弘元君(当時2年)という教え子を亡くした。落胆した監督は当時、わらにもすがる思いで天理教にお授けを受けたこともあったという。

 ラグビー一家、4人の息子を育て、そばで見守り続けた妻・光代さんが明かしてくれた。「自分が殺したという意識があった。本当に多くの方々に支えられてやってこれました」。一時は活動禁止。歩みを止めた。生徒、その両親が背中を押してくれたという。

 北島君の両親は弟も御所工・実に通わせた。わだかまりはなかった。それでも監督はこの20年間、お墓参りを欠かしていない。節目を迎えた昨年、両親が言った。「お気持ちはわかっています。やめにしましょう」。今後も監督の心から彼への思いが消えることはないだろう。

 墓前に優勝を報告することはできなかった。だが、全力で戦い抜いた。「胸を張って帰ります」。激動の20年が終わりを迎え、新たな気持ちで21年目を走り出す。一度は失いかけた夢。苦境を乗り越えた指揮官の挑戦は、まだ終わりそうにない。(細川 真里)

● 細川 真里 ●
06年入社。1983年生まれ。阪神担当を経て、09年1月からサッカー担当。北海道出身。大ざっぱなO型。大学まで陸上部で忍耐力と体力には自信あり。お風呂とマッサージが休日の楽しみ。

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