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芦屋大学ボクシング部

 【和田まどか 20年東京五輪の星】

 晴れ舞台へのラストチャンスをつかむ!今夏のリオデジャネイロ五輪出場を目指し、芦屋大学(兵庫県芦屋市)ボクシング部の和田まどか(臨床教育学部4年)が世界選手権(5月16日~、カザフスタン・アスタナ)フライ級に出場する。ベスト4に進出すれば五輪切符を獲得。日本代表でも指揮を執る樋山茂監督(62)に導かれ、進化を加速させた“20年東京五輪の星”が中央アジアでチョウのように舞い、蜂のように刺す。

ボクシング部の和田まどか(手前)と樋山監督

叩けぇ!叩けぇ!叩けぇ~っ!

 漫画「あしたのジョー」の丹下拳闘倶楽部とは正反対の環境ながら、サンドバッグを打ち続ける選手たちの情熱はスポ根の主人公にヒケを取らない。

 大学は高級住宅地として名高い「芦屋六麓荘」に位置し、阪神間の街並み、大阪湾に沿って神戸から遠く和歌山までを一望できる。ボクシング部の拠点は福山記念館新館4階。リング2面を設置できる405平方メートルの広いスペースにサンドバッグ9本がつるされ、ウエートトレ設備も充実している。

 理想的な環境でリオ五輪を目指すのが和田だ。14年11月の世界選手権は五輪非実施階級のライトフライ級(リミット48キロ)で銅メダルを獲得。日本女子初の快挙を達成した逸材。五輪を目指してフライ級(51キロ)に転向し、15年12月の全日本選手権で優勝。今年3月下旬のリオ五輪アジア・オセアニア予選(中国・遷安)では出場権を獲得できなかった。今月16日からカザフスタンの首都アスタナで開催される世界選手権でラストチャンスに臨む。ベスト4に入ればリオ五輪切符を得られる。大一番を前にしても「調子は悪くない。あとはケガや風邪をひいたりしないように」と頼もしい。

 小2で極真空手を始めてジャパンカップ、ドリームカップをともに中3、高1と2連覇。K―1の魔裟斗に憧れ「後ろまわし蹴り」が得意な空手ガールだった。12年ロンドン五輪で女子ボクシングが採用されることを知り、高2で横浜市内の自宅から近いファイティング原田ジムの門を叩いた。会長は日本史上最強とも言われるフライ、バンタムの元世界2階級王者。当時は「普通のおじいちゃんと思っていた」と苦笑い。競技歴1年に満たないまま初出場した12年全日本選手権で3位。これが国内アマを統括する日本連盟の山根明会長ら関係者の目に留まり、勧められ関西へ単身乗り込んだ。

ボクシング部の練習風景

 家計に負担をかけまいと入学時から学内にある元職員用宿舎で一人暮らし。「周りの家は一軒、一軒が大きくて、凄いギャップがあった」。あまりにも閑静で「最初、夜は怖かった」のも今は笑って話せる。大学周辺は坂道が多く、毎朝8時からのロードワークで自然に足腰が鍛えられた。

 素質、環境と条件がそろったうえに名伯楽・樋山茂監督との出会いがあった。ミドル級の村田諒太が金メダル、バンタム級の清水聡が銅メダルを獲得した12年ロンドン五輪日本代表コーチで、日本連盟のジュニア強化委員長も務める。自らは近大3年時に血清肝炎を患って現役を断念したものの、指導者として競技へのめり込んだ熱血漢。卒業前から母校の大体大浪商で5年の経験を積み、以降は奈良県内の高校でミットを持ち続けた。13年春から新天地、芦屋で指揮を執っている。

 樋山氏は日本代表の監督でもあり、切れ目なく指導できる。「格闘技で大事なのは距離感。和田は空手の影響か、間合いの取り方がうまい」。監督が理想とするのは旧ソ連からキューバへ、かつて共産圏のボクシング強国で受け継がれた“打たせずに打つ”スタイル。和田の広いスタンスを無理には矯正せず、ボクサーらしからぬ独特の間合いを生かした。右利きの左構えでスイッチも器用にこなし、対戦相手をほんろうする。階級を上げて課題になった体重増加も、たんぱく質や炭水化物を意識した食事で改善されつつある。

 当初は「20年東京五輪が目標だった」と振り返る和田も、指導歴40年の名伯楽に導かれ、目の前にあるリオ五輪切符の獲得に全力を注ぐ。

 ▽芦屋大学 1964年(昭39)創立。創立者で初代学長の福山重一博士による建学の精神は「人それぞれに天職に生きる」。臨床教育、経営教育の2学部3学科。10年に設立したスポーツ教育センターに元バレーボール女子日本代表監督の柳本晶一氏ら。

 ≪中嶋主将、雪辱期す≫芦屋大ボクシング部は13年4月創部で同年春の関西学生リーグは3部からスタート。飛び級で1部昇格した15年に全勝優勝した。創部から2年3カ月、4年生がいない中での快挙だった。中嶋一輝主将(臨床教育学部4年)は「去年は練習を積んで勝てる自信があった」と鍛錬の成果を強調する。ただ、関東代表と雌雄を決する全日本学生王座決定戦は3―8で日大に敗れた。「僕も最後の学年なんで。今年こそ勝ちます」と関西連覇し、昨年の雪辱を期す。

笑顔でファイティングポーズをとる2年生の平仲信裕(左、右下は父親の平仲明信)と3年生の山内祐季

 ≪目標は東京五輪≫平仲信裕(臨床教育学部2年)は元WBA世界スーパーウエルター級王者・平仲明信(52)を父に持つ。中学まで父が経営するジムで「遊び感覚で体を動かしていた」。沖縄・中部農林高で本格的に競技を始め、ライトウエルター級で総体2位に入った。「樋山監督に世界のボクシングを教えてもらえるし、凄い先輩もいっぱい。東京五輪に出たい。4年後を見据えて経験を積みたい」と夢をふくらませる。

 ≪父譲りの闘魂≫山内祐季(臨床教育学部3年)は兵庫・相生学院高時代にバンタム級で選抜、総体、国体の3冠を獲った実力者。父・雄三さんは元プロボクサーで、ほとんど減量せずにスーパーフェザー級で日本2位までランクを上げた猛者という。小1から父の手ほどきを受け、競技に精進した。「全体的にレベルアップして、どん欲に勝ちにこだわりたい。オリンピックも世界チャンピオンも目指したい」と父譲りの闘魂を持っている。

 ▼芦屋学園・大八木淳史理事長(写真左)創設4年目のボクシングクラブから、オリンピック候補が誕生したのは喜ばしい限りです。日本ボクシング連盟の山根明会長は教育という面からも“団結と絆”、“良きボクサーは良き人間”をモットーに掲げられています。和田選手には代表入りを果たしてもらい、オリンピックの舞台でもこれらを実践して欲しいと願っています。

 ▼比嘉悟・芦屋大学学長(同右)「人それぞれに天職に生きる」という建学の精神を礎に、学生一人ひとりの個性を大切に考え、知識と教養に満ちた人間力を伸ばす教育を実践してきました。次代を担う『人財』を育成するためには、個性と可能性を豊かにする教養教育(リベラルアーツ)を通じて、仕事や人生の岐路に立ち決断を迫られた時に自ら的確に判断する力、さらに行動力、チームワーク力が求められております。一人でも多くの若者が志を持ち、少しでも社会に貢献できる。それこそが芦屋大学の天職であり、変わらぬ目標です。

【魅惑の学食 メガランチ ボリューム満点!限定60食】

メガランチのカツをつまんで笑顔をみせる増山うらんサン

 学生食堂のイチ押しメニューは「メガランチ」(税込み500円)だ。ブランド豚「麦豚」150グラムを使用したボリューム満点のトンカツは人気を博し、週1回、限定60食はいつも完売だという。多くの学生にチャンスが巡ってくるように…という配慮で「メガ―」が提供される曜日は毎週、替わる。また、日替わりメニューはカレイの煮付けなど、あっさり系の和食も必ず用意される。

 試食したのは臨床教育学部児童教育学科3年の増山うらんさん。小3から励んだゴルフ、子どもが大好き。幼稚園、小学校などの教員免許取得とゴルフ部の両立を目指して芦屋大を選んだ。「学科に関係なく、みんな仲良し。スポーツも盛んだし、みんな勉強と自分の好きなことを両立させようと集中している。それに先生との距離が近いというか、フレンドリーで、親に言えないようなことも相談できますね」。食堂の担当者は営業時間をちょっとオーバーした学生たちにも“母親のように”優しく対応。アットホームな雰囲気がポイント高し。

[ 2015年5月10日 ]

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