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緊急特集 柔道審判は鍵屋〜北京に咲かせる大輪〜

緊急特集 柔道審判は鍵屋〜北京に咲かせる大輪〜

見上げた37歳スーパーママ

宗家花火鍵屋の15代目で、日ごろは花火職人として仕事をこなす天野安喜子さん。国際柔道連盟審判員として北京五輪に派遣されインタビューを受ける。
Photo By スポニチ

 よく通る凛(りん)とした声に、きびきびとした動き。7日に開幕した柔道の嘉納杯東京国際で選手に負けない存在感を放っている女性審判員、それが天野安喜子さん(37)だ。来年の北京五輪の審判員に選ばれ、柔道としては日本人女性で初となる。本業では350年の歴史を持つ花火の名門、鍵屋の15代目当主として活躍するスーパーウーマンだ。花火師と審判員の二足のわらじを履く天野さんの素顔に迫った。

現役時代のかなわなかった夢

宗家花火鍵屋の15代目で、日ごろは花火職人として仕事をこなす天野安喜子さん。国際柔道連盟審判員として北京五輪に派遣されインタビューを受ける。
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 小柄な体のどこにパワーが詰まっているのか。天野さんの活躍を知ったら、誰もがそう思うに違いない。鍵屋の15代目当主として花火大会の総合演出に力を注ぐ一方、柔道の審判員でも五輪という世界最高峰の舞台に上り詰めた。7歳の一人娘の育児や実家の柔道場での指導にも追われ、毎日の睡眠時間は4時間。普通の人なら音を上げそうな日々も、天野さんにはこの上なく充実した日々だ。「花火も柔道の審判もやりがいがあって、忙しくても大変だと思ったことはないんです」

 鍵屋の14代目当主・修氏の二女。花火師一家に育った少女は、国内トップクラスの柔道選手でもあった。高1だった86年に、当時無敵の山口香(公開競技として行われた88年ソウル五輪銅メダリスト)に背負い投げで一本勝ち。直後の福岡国際でも銅メダルを獲得した。だが、2年後に迫ったソウル五輪のホープとして注目されるようになってから伸び悩んだ。「何をやるべきかは分かっていたけど、楽な道へと逃げてしまった」。五輪代表からは落選し、苦い思いを味わった。

タブーを乗り越え女性花火師に

宗家花火鍵屋の15代目で、日ごろは花火職人として仕事をこなす天野安喜子さん。国際柔道連盟審判員として北京五輪に派遣されインタビューを受ける。
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 だが、天野さんには実家を継ぎ花火師になるというもっと大きな夢があった。父の背中にあこがれ、小学2年で早くも「私も花火師になる」と決意を固めていた。数十年前まで女性は現場に立ち入ることすら禁止されていた。祖母からは「女性は不浄の者だから火の神の宿る場所には入ってはいけない」と諭されたこともあるという。そんな男ばかりの世界にも、おくせずに飛び込んだ。

 修業先は自ら志願して実家と取引関係の無い工場を選択。当初は女性ということで職人たちにも遠慮があり、思うように修業が進まなかった。だが「ここに何をしに来たんだろうと落ち込むだけ落ち込んだ後に“仕事を盗むために来たんだ”と吹っ切れました」と奮起。ベテラン職人が席を外すとこっそり火薬玉の配置をのぞき見し、いつも空いていた利き腕と反対の左手用の窯を利用するなどがむしゃらに努力を重ねた。職人たちにも徐々に存在を認められていき、最後は工場長に「普通は5、6年がかりで覚える仕事を1年で覚えたな」と驚かれるほどの成長を遂げた。その後は鍵屋に戻り、00年に女性としては初の15代目当主を襲名。ついに「私は15代目当主になるために生まれた」と言い切る天職にたどり着いた。

「両方をやるのが当たり前だった」

宗家花火鍵屋の15代目で、日ごろは花火職人として仕事をこなす天野安喜子さん。国際柔道連盟審判員として北京五輪に派遣されインタビューを受ける。
Photo By スポニチ

 そして花火の修業に明け暮れていた95年、柔道の現役を引退した直後の25歳で“もう1つの天職”に出合う。「天野家では絶対的な存在」という柔道家の父の命令で、審判員を始めた。週末の休日を利用し、毎週のように各地の大会で腕を磨き続けた。「休日がなくても苦にはならなかった。柔道と花火、両方やるのが小さいときから当たり前だったんです」

 01年、アジアでは隔年で10人しか認められない難関を突破して国際審判員の資格を取得。国際大会でも経験を積み、ついに11月、来年の北京五輪審判員に決定した。現役時代には届かなかった夢の五輪の舞台。「五輪の審判員になれるなんて思っていなかった。“やったあ、うれしい!”の一言です」

 花火と柔道という男性中心の世界を、気負うことなく駆け抜けてきた。「どちらも自分のためにやってきたから、男社会に飛び込んでるという意識もなかったですね」

 来年8月、天野さんが日本と中国で最高の祭りを仕掛ける夏がやってくる。

「両方をやるのが当たり前だった」

嘉納杯東京国際で主審を務める天野安喜子氏
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 12月の嘉納杯東京国際柔道に天野さんは審判として参加。第3試合場担当として、午前11時の試合開始から夜まで主審、副審を精力的にこなした。「五輪に行くということになって、周囲の注目度の高さにビックリしています。緊張しますね」。試合は、世界各国の審判とコミュニケーションをとりながら無難にこなし、日本初の男女共催の国際大会に花を添えた。

【メモ】鍵屋とは

嘉納杯東京国際で主審を務める天野安喜子氏
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 江戸時代から続く花火の名門。1659年、奈良出身の初代弥兵衛が創業する。1733年に江戸幕府8代将軍・徳川吉宗の命により両国川開き大花火(現在の隅田川花火大会)を開催するなど、約350年の歴史と伝統を誇る。現在は約100人の職人とともに江戸川区、江東区、千葉・浦安市などを中心に花火大会の総合運営を担う。屋号の由来は守護神である稲荷(いなり)のキツネが鍵をくわえていたことから。

天野安喜子(あまの・あきこ)

嘉納杯東京国際で主審を務める天野安喜子氏
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 1970年(昭45)10月31日、東京・江戸川区生まれの37歳。日大卒業後、30歳で鍵屋の15代目当主を襲名。柔道5段で、本職の花火師と同時に審判員としても活躍。9月に行われた世界選手権での審判技術が認められ、11月に北京五輪の審判員に正式決定。柔道では日本人女性として初の五輪審判員となる快挙を達成した。

    

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