【凱旋門賞】池江師3度目も無念…「常にチャレンジしないと」

[ 2017年10月2日 05:30 ]

凱旋門賞で15着のサトノダイヤモンド(9)と、16着のサトノノブレス(10)
Photo By 共同

 池江師の悲願は来年に持ち越しとなった。子供の頃から憧れていた凱旋門賞。1969年、日本で初めて参戦したスピードシンボリの写真に心を奪われた。大学生になり、迷わず行った観光地はパリ。凱旋門に上り「将来、凱旋門賞を勝つ調教師になる」と誓った。

 調教師として初めて出走させたのが、3冠馬オルフェーヴル。12年は直線で先頭に立ちながらもゴール寸前で内ラチにヨレ、2着に惜敗。指揮官は「取りこぼしたのは当時の僕の若さ。今なら、間違いなく勝たせることができていた」と悔やむ。翌年も挑戦するが、トレヴの前に2着完敗。

 指揮官はサトノダイヤモンドと4年ぶりにシャンティイに戻ってきた。三たび挑んだ世界最高峰のG1だったが「凱旋門賞は難しいです。馬場が合う時もあれば、合わない時もあるし、モンスターがいる時もいない時もあります。結果が出せなくて悔しいし、情けない気持ちでいっぱいですが、常にチャレンジしないといけないですね」と語った。

 重い馬場、体調面、慣れない異国の地で結果を出すことの難しさを痛感する池江師でさえ越えられない高い壁。だが、日本のトップトレーナー・池江師なら、近い将来、必ず歴史の扉をこじ開けてくれるはずだ。

続きを表示

この記事のフォト

2017年10月2日のニュース