【G1温故知新】1978年有馬記念2着 インターグロリア

[ 2016年12月21日 06:00 ]

1978年の有馬記念のゴールシーン(15番がインターグロリア)
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 G1の過去の勝ち馬や惜しくも力及ばなかった馬、記録以上に記憶に残る馬たちを回顧し、今年のレースの注目馬や見どころを探る「G1温故知新」。第11回は1978年の有馬記念に出走し人気薄ながら2着に食い込んだ牝馬2冠馬インターグロリア。

 日本競馬にとって2006〜10年は牝馬の時代であった。07年日本ダービーで牝馬としては64年ぶりとなる制覇を成し遂げ、以降もG1勝ちを積み重ねたウオッカ。その好敵手であり、08年有馬記念で牝馬としては37年ぶりに勝ち馬となったダイワスカーレット。そして08年にデビューし、類稀なる逞しさを武器に、古馬王道路線の主役を張り続けたブエナビスタ。これに10年代前半を彩ったジェンティルドンナを加えた4頭は、90年代に活躍したヒシアマゾンやエアグルーヴなどの“女傑”と比べても突出した実績を残している。

 暮れの総決算・有馬記念において、1978年にインターグロリアが2着に入ったのを最後に馬券に絡む牝馬はしばらく現れなかった。80年代は1頭も3着以内に入ることはなく、1994年の2着馬ヒシアマゾンの登場まで実に16年もの歳月を要した。

 ヒシアマゾン以前の“最強の名牝”の1頭に数えられるインターグロリアは1974年生まれ。浦河の辻牧場で誕生した当時はあまり見栄えのする馬でなかったという。だが、2歳秋に栗東の柳田次男厩舎に入る頃にはすっかり線の細さも解消されていた。1977年2月のデビュー戦は調教不足もあって惨敗を喫したものの、2戦目で大差勝ちを収めて注目の存在に。続く特別戦、そして桜花賞を連勝。初陣から2カ月ほどでクラシックホースとなった。

 ただ、桜花賞の勝利は鞍上の“天才”福永洋一のイン突きがハマったとする声も多く、続くオークスTRとオークスで大敗したことで評価を一気に落としてしまう。それでも彼女は自らの走りで道を切り開いた。秋のエリザベス女王杯(当時は3歳限定戦)でオークス馬リニアクインを下し、世代最強を印象付けたのである。

 翌78年、古馬になったインターグロリアは春のマイラーズCまで2勝2着1回と安定した成績を残した。しかし、牡馬と同等かそれ以上の斤量を背負ってやり合うのは、やはり厳しかった。5月、6月に2戦連続で6着に終わり休養。秋に復帰し、京都牝馬特別を制した勢いで挑戦したのが有馬記念だった。

 このグランプリでは前年の菊花賞馬プレストウコウや“TTG”の一角グリーングラス、ホクトボーイなどが人気を集め、紅一点のインターグロリアは10番人気。穴馬の1頭でしかなかった。しかも鞍上は愛しの福永がエリモジョージに騎乗するため、樋口弘に乗り替わっていた。大外枠から好位につけて、逃げを打つエリモジョージを眺める展開に持っていったインターグロリアは、直線で同馬をかわし先頭に躍り出た。ゴール前で同い年の牡馬カネミノブに差され、大金星を逃したが、強豪牡馬を相手に堂々の2着。

 だが、翌年は結果を残せないまま引退。繁殖入り後は12年連続で出産したものの、産駒の成績は振るわず、1995年6月にこの世を去った。

 もうすぐ今年の有馬記念がやってくる。出走馬の1頭マリアライトは、インターグロリアと同じく前年のエリザベス女王杯馬である。マイル戦で活躍するような牝馬らしい素軽さには欠けるが、持久戦や荒れた馬場はお手のもの。何とか昨年の4着以上の着順を…いや、春の宝塚記念に引き続きグランプリ連覇を成し遂げてほしい。そうすれば“牝馬の時代”を受け継ぐ存在にもなり得る。期待したい。

(文中の馬齢表記は新表記で統一)

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