【日本ダービー】ブリランテV!岩田、涙の初制覇

[ 2012年5月28日 06:00 ]

<日本ダービー>ディープブリランテでダービーを制しガッツポーズする岩田

 魂の戴冠!競馬の祭典「第79回日本ダービー」が27日、東京競馬場で行われ、3番人気ディープブリランテがフェノーメノの猛追を鼻差退けて優勝。3歳馬7572頭の頂点に立った。騎乗した岩田康誠騎手(38)はダービー挑戦7度目、管理する矢作芳人師(51)は開業8年目で悲願のダービー制覇。05年優勝のディープインパクトに続く父子制覇を成し遂げた。

 ダービー史に残る叩き合い。全精力を使い果たし、顔をゆがめて飛び込んだゴール板。ディープブリランテの背で岩田は確信を持てずにいた。「本当に勝ったんだろうか」

 大外から猛追した蛯名フェノーメノは視界に入っていた。他の17頭と同じように岩田は敗者が進むダートコースを帰った。視線をターフビジョンに送ると一番上に「10」の文字。右手を高々と上げ、叫んだ。そして次の瞬間、ゴーグルを外し、馬の首筋に顔をうずめた。馬に感謝した。泣けてきた。

 「信じてくれて、ありがとう」。拍手とともに検量室前へと引き揚げてきた岩田はそう言い、真っ赤な目の矢作師とガッチリ握手した。戦い抜いた3週間。6日のNHKマイルCで失格処分を受けると、翌7日に師へ電話を入れ、競馬開催日も含め毎日調教に乗せてほしいと志願した。執念は最高の形で結実した。7回目の挑戦で、夢に見たダービージョッキーの座をつかんだ。

 「本当にうれしい。最後はどっちが勝ったか分からなくてウイニングランはできなかった。凄く幸せな3週間だった。矢作先生や厩舎の方にも理解をいただき、ずっとその背中を感じてきた。ブリランテと死ぬ気で向かい合った」

 2歳時は新馬、東京スポーツ杯2歳Sを連勝。誰もが「ダービー候補」と呼んだ。だが年が替わると突然、イバラの道に迷い込んだ。気持ちが前向き過ぎるゆえの折り合い難。しかし最高の舞台で激変した。堂々と歩くパドック。スムーズな返し馬。ベストのスタートを切り、4番手の内ラチ沿いで折り合って迎えた直線。前のトーセンホマレボシが難敵と見るや、早めにエンジンを吹かし、525メートルの直線を追いまくった。3週間語り合った末に人馬は一つになった。絆の力が最後に鼻差だけライバルを抑え込んだ。

 「馬とけんかして、それでも結果を残してきたから、ずっと世代No・1と思っていた。信じて良かった。最後は自分が早く動いてしまったが馬がしのいでくれた。心から分かち合えた戦友。“やったな!!”と声をかけてあげたい」

 91年、公営・園田競馬でデビュー。騎手としての全てを叩き込まれた。06年JRA移籍後も古巣への感謝は忘れない。「家族、そして園田の関係者にこの喜びを伝えたい。特に、お世話になった清水(正人)先生に。これからはダービージョッキーの名に恥じないよう日々精進します」。みんなでつかみ取った栄光。父ディープインパクトの名の一部に、イタリア語で「輝く」と添えられた第79代ダービー馬。偉大な父に負けぬ輝かしい未来が、きっと待っている。

 ◆岩田 康誠(いわた・やすなり)1974年(昭49)3月12日、兵庫県生まれの38歳。91年に公営・兵庫で騎手デビューし2941勝。04年菊花賞(デルタブルース)で中央GI初制覇。06年3月、JRAに移籍。皐月賞も09年(アンライバルド)、10年(ヴィクトワールピサ)で勝っておりこれで牡馬クラシックを全て制した。今年はフェブラリーS、桜花賞、ダービーを制し、G1通算15勝。JRA通算890勝(27日現在)。1メートル59、50キロ。血液型AB。

 ◆ディープブリランテ 父ディープインパクト 母ラヴアンドバブルズ(母の父ルウソヴァージュ) 牡3歳 栗東・矢作厩舎所属 馬主・サンデーレーシング 生産者・北海道新冠町パカパカファーム 戦績6戦3勝 総獲得賞金2億9205万6000円。

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