アニメ研究部 矢島晶子

矢島晶子 しんちゃんだからできた「孝行」 両親へ、そして被災地へ

[ 2017年4月28日 10:00 ]

「クレヨンしんちゃん」で主人公・野原しんのすけを演じる矢島晶子
Photo By 提供写真

 15日から全国公開中の「映画クレヨンしんちゃん 襲来!! 宇宙人シリリ」。今年も涙と感動がふんだんに詰め込まれた。今回は、主人公・野原しんのすけ役の矢島晶子さんインタビューの後編。矢島さんが「クレヨンしんちゃん」から得たものとは――。

 舞台俳優になることが夢だったという。小学5年から短大まで演劇部に所属、卒業後は、会社員として働きながら演劇養成所にも通ったが、思いは結実しなかった。そんな中、アニメ「ドラえもん」のジャイアン役で知られる、たてかべ和也さんに見出されたことをきっかけに、1989年「アイドル伝説えり子」(テレビ東京系)の主人公役で声優デビュー。4年目に当たり役となる野原しんのすけ役を得た。

 オーディションによる審査。実は無欲でつかんだしんちゃん役だった。「たてかべさんからは『お前は無名だし、おそらく受からないからお前の存在や声を知ってもらうために行ってこい』と…」。少年の声役で活躍する有名声優たちも会場に顔をそろえ圧倒されっぱなしだったが「好きなようにやれ」という師匠の言葉を胸に、作品のリズムに声を合わせた。「自分なりに表現して、それを気に入ってくださった方がいらっしゃった。無理だと思っていましたから、本当にびっくりしました」

 とはいえ順調な滑り出しとはいかなかった。アニメ放送開始当初は低視聴率が続き、PTAが選ぶ「子供に見せたくない番組」の常連にもなった。「視聴率は4%台で。もっと実力のある方がしんのすけをやられていたらこんなことにはなっていなかったのでは!?私のせいで番組が終わってしまうと思っていました」。責任を感じる日々。教育現場からの批判についても「自分ではどうすることもできなかったので、しっかり仕事に向き合うだけでした」。できることは、1話1話、自分の声でしんのすけに魂を注ぎこむだけ。そして気づけば国民的人気アニメに。「狙っていないところがいい、面白いよというウワサがジワジワと広がって。一時は20%を超えたこともあって、これまたびっくりしましたけれど(笑)」

 しんちゃんを演じたことで、かなったものがある。それは「孝行」だ。一つは両親への孝行。アニメ放送開始直後に母親の末期がんが判明したが「みんなが知っている番組で、私が頑張っていることがうれしかったみたいです」と娘の声が闘病の中でも楽しみになっていたといい、また、声優になることにも大反対だった父親も「『お前の番組、みんな観ているなあ』とうれしそうにコロッっと変わってしまって」と笑顔で明かした。

 そしてもう一つが被災地への孝行。東日本大震災直後の事。「なにかやれることはないか」と思っても現地の受け皿の態勢などもあり、誰もが受け入れてもらえる状態ではなかった。自身も(当時)フリーの立場だったことから「肩書がなく困難だった」と振り返る。それでも「『クレヨンしんちゃんで、しんのすけをやらせていただいています』ということが、名刺がわりになった」といい、現地の小学校や幼稚園、保育園を巡り読み聞かせのボランティアを敢行することができた。「信用していただける肩書が会社務め以外でもできた。被災地のみなさんに“来ていいよ”と言っていただいたことは本当にうれしかったです」

 舞台俳優とは違う道。未練はないのか?「映画の舞台あいさつなどの、着ぐるみのしんちゃんと掛け合いでは自分の分身みたいな感じがしたり、私の思いもつかないような動きに声を当てたり。舞台俳優にはなれなかったけれど、そういうライブならではのだいご味を味わう経験ができていることは幸せだなと思うんです」。夢を与え、そして夢もかなえる…。野原しんのすけ。「最強の5歳児」という異名に偽りなしである。(中田 智子)

 ◇矢島 晶子(やじま・あきこ) 5月4日、新潟県柏崎市生まれ。小学5年から短大まで演劇部に所属するなど演劇の道を目指していたが、卒業後は和菓子店に就職。その後退職し、演劇養成所で勉強を重ねた。1989年、「アイドル伝説えり子」の主人公・田村えり子役で声優デビュー。「新機動戦記ガンダムW」のリリーナ役、「犬夜叉」琥珀役など多様なタイプのヒロインや美少年、また動物キャラから、米映画「ホーム・アローン」のケビン役など、海外映画・ドラマの吹き替えでは子役を多く担当している。趣味はインテリアコーディネート、一人旅、絵本読み聞かせ。

  ▼クレヨンしんちゃん 90年8月に「週刊漫画アクション」で連載が開始した臼井儀人氏の同名漫画が原作。92年4月にテレビ朝日系でアニメ化、93年からは毎年アニメ映画が制作されている。埼玉県春日部市を舞台に、主人公の幼稚園児・野原しんのすけと、その家族を中心に巻き起こる日常を面白おかしく描いている。ドタバタコメディーながら、家族や仲間との絆、その大切さを教えてくれる作品でもある。

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