絵仁 頑張れ!インディーズ
“アイドル時代”を生き抜くセルフプロデュース力
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| 絵仁 |
愛らしいビジュアルに声、キャラクター。しかし、可愛いだけではない。自身が求められている役割を俯瞰(ふかん)し、セルフプロデュースできるたくましさが光る絵仁。曲によってガラリと雰囲気を変え、多様な表情を見せる。「ソラネコ」という曲ではステージ上から飴を投げ、「パッションジャンプ」という曲ではファンと一緒に飛び跳ねる。ギターで弾き語る曲もあれば、ダンスナンバーもある。「バンドで30分だとお客さんが飽きちゃうから、飽きさせないために気分転換にやってますね」。さらに、裏方の仕事も楽しんでこなすのが彼女のスタンスだ。ファンのために器用にグッズを手作りする。ライブハウスをブッキングし、チラシを作って集客を行う。自らがコネクションを作り、プロモーションビデオやキャラクター「絵仁っぴ」を製作。主催ライブでは経営者目線でシビアに考える。「アイドルを何組か入れないとお客さんが入らない」――。バンドよりもアイドルが業界の主軸になりつつある空前の“アイドルブーム”の渦中。ライブハウスが専属のアイドルユニットを作り、ライブの司会にアイドルが呼ばれる。パフォーマンスを見せるだけではなく、ファンとの距離の近さが求められる時代だ。
≪シンガーソングライターとしての自負も≫ステージ上の愛らしいイメージで、アイドルという見方でついてきてくれるファンも多い。ライブではまばゆいペンライトが光り、ヲタ芸で応援してくれる男性ファンが前列を占拠。しかし、シンガーソングライターとしての自負もある。アイドルという扱いに抵抗がないとは言えない。一番思い入れが強い「lapis」は東日本大震災の3日後に「何かをしよう、募金だ」と思い立ち、業者を通さずに自主制作。ギターに声を乗せ、時間をかけずに限定100枚を作り上げ、売上金を全額寄付した。ガールズボーカルもアイドルも同じく分類されることもあるが、どちらのお客さんもついてきてくるという捉え方もできる。応援してくれるファンがいるのはありがたいこと。どんなイメージで見られても、どんな扱いでも、壁をつくらずに喜んで受け入れる。
≪子役からスタート 幅広い芸能活動を経て得たもの≫実は芸歴が長い絵仁。幼稚園の時に母親に志願し、子役として芸能活動をスタート。NHKの劇団に所属し「中学生日記」などのドラマに出演。ジャズ、タップ、ヒップホップなどのダンス歴も長く、バックダンサーとして紅白歌合戦に出演した経験もある。しかし、ある時ふと気が付いた。「後ろで踊ってるときに気付いたんだと思います。真ん中に行きたいなって」。歌手を志したのは17歳のとき。「歌いたい、バンドやりたい」と思い立つと、躊躇(ちゅうちょ)なく挑戦した。歌手になって変わったことは何か?と尋ねると、答えはすぐに返ってきた。「ダンスやテレビのドラマって、相手はスタッフさんやカメラさん。だからどんな人がどうやって見てくれてるのか分からなかった。楽しいけど、これ誰かの役に立ってるのかなって小さい頃よく思ってた」。ライブをするとお客さんの反応をダイレクトに感じることができる。それまでよりもずっと強く、ファンとのつながりを感じられるようになった。
≪反発して避けていた音楽 今は「10年後、20年後も…」≫母親はピアノの教師、祖父はエレクトーンでの楽曲制作が趣味という音楽一家に生まれた。「逆に反発して最初はやらなかったんです。でも結局私も音楽をすることにして、家族は“ほら見ろ”みたいな(笑い)」。曲作りの初期段階では“先輩”からダメ出しを受けることもあるが、形になったものには高評価をしてくれるとか。12月14日に主催ライブを控え、気合は十分。来年の目標を質問すると、愛らしく微笑んで言葉を濁した。胸に秘めた野望は語らなかったが、時代の流れを読みながら、きっと彼女は生き抜いていく。「10年後、20年後も音楽は続けていきたい」。
[ 2011年12月7日 ]
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