担当キュレーターは英国のオタク女性 大英博物館の漫画展が凄い!

[ 2019年6月11日 08:45 ]

大英博物館の漫画展について語る、担当キュレーターのニコルさん
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 日本の漫画をテーマとし、大英博物館で開催中の展覧会「The Citi exhibition Manga」が凄い。5月23日の開幕から、日本で報じられる内容を見ただけでも「さすが世界一の博物館」というべきもので、触れ込み通り過去最大規模の漫画展のようだ。

 展示作品は約70点。驚くべきはそのチョイスだ。「ワンピース」「ドラゴンボール」「キャプテン翼」「スラムダンク」などは想定内としても、「あしたのジョー」「ポーの一族」などの古典的名作も充実。ややマニア向けの「ねじ式」や「暗黒神話」まである。現代漫画の基礎を築いた北沢楽天や岡本一平ら明治の作家までカバーしている。

 漫画のルーツの1つとして浮世絵もある。河鍋暁斎の浮世絵「新富座妖怪引幕」は幅17メートルもあるもので、これは今回が海外への最後の貸し出しになるという。「きのう何食べた?」や「オリンピア・キュクロス」など連載中の新作もあり、幅広い年代、ジャンルの作品が原画を中心に並ぶ。出版社や時代の枠を越え、まさに漫画の歴史をたどるような展示だ。

 展示前の準備で来日した担当キュレーター(学芸員)のニコル・クーリッジ・ルーマニエールさんに話を聞く機会があった。ラインアップについては「人気だけでなく、漫画全体の流れの中で大事なポイントとなる作品を集めた」とのことだった。それでも入り切らない作品が多数あり「入っていないアーティストに謝りたい。凄い作家は、まだまだいる」と申し訳なさそうに話していた。

 チャーミングな英国人女性のニコルさんだが、日本人でも珍しいレベルの漫画オタク。記者も漫画を読む方だとは思うが、全くかなわなかった。中でも印象的だったのは、柔道漫画「イガグリくん」の福井英一さんの話だった。「福井さんが若くして亡くなられたのは残念でした。生きていたら漫画の歴史が変わっていた」と流ちょうな日本語で語った。福井さんは1954年に33歳で逝去。「手塚先生はストーリー漫画の手法を確立するなど天才ぶりを発揮しましたが、福井先生は人を引き込む独特の感覚がある天才でした」と力説した。

 本職の陶磁器、考古学研究で来日を重ね、日本漫画に出会ったというニコルさん。旺盛な読書欲で大量の漫画をむさぼり読む中で、自身が生まれる前に亡くなった福井さんにたどり着いたのだろう。

 展示作品の最新リストに福井さんの名はなかったが、リストは「一部」とされ、福井作品の扱いは分からない。“漫画オタク”と“キュレーター”の狭間で、展示作品を絞り込む苦悩がうかがえた。

 展示に関する話は興味深いものばかりで、作品や作家だけでなく、漫画の生産システム全体に及ぶ考察も面白かった。「漫画は作家と編集者、出版社があって成り立つ。これは浮世絵と似たシステム」との見解は、日本の文化や社会に、漫画が生まれる必然的な理由があったと感じさせた。浮世絵は絵師だけでなく彫師、摺師、版元などがあって成り立つのと同様に、漫画も個々の作家性に編集者や出版社のアイデア、プロモーションなどさまざまな要素が加わる共同芸術だ。展示は制作過程に踏み込んだものもあるようだ。

 「私個人としては、漫画家の描く生原稿(の作品における)は50%と思っている」とニコルさん。大量生産され、多くの人が手に取り、感動を共有する商業芸術の側面を説明したのだと思う。

 その上で強調したのは生原稿の魅力。日本と違い、欧州で漫画家の生原稿を見る機会は少ない。ペンの動き、インクの浸透具合から伝わる筆圧、ホワイト修正液やテープによる補修跡などに目を配ると、雑誌や単行本から読み取れないものを感じることもある。「原画だから伝わる強烈なメッセージがあります。それが入り口となり、単行本を手に取ることだってあると思うんです」と日本漫画の広がりを期待している。

 日本漫画の魅力について「何だってあるじゃないですか。地方の文化を描いたり、社会問題を描いたり、スポーツを描いたり…」と笑顔。この人が厳選に厳選を重ねた作品群を見てみたいと思った。展示は8月26日まで。せめて日本で出張展示してくれないだろうか…。(記者コラム・岩田 浩史)

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