顎の外れた日

[ 2018年2月27日 09:30 ]

朝日杯将棋オープン戦で優勝し、トロフィーを手にする藤井聡太
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 【我満晴朗のこう見えても新人類】羽生結弦と宇野昌磨のワンツーフィニッシュに湧いた2月17日。筆者は騒々しい編集局を巧妙に避け、有楽町マリオンでのんびりと将棋の取材を楽しむつもりでいた。ご存じの通り、のんびりするどころか江陵のアイスリンク並みとなる大ニュースの震源地となって右往左往。社内で五輪観戦を決め込んでいた方がよかったかもしれない…。

 それにしても恐ろしいものを目撃した。

 つい4日前に国民栄誉賞を授与されたばかりの第一人者を初対局で下したばかりか、決勝でも現役A級棋士で元タイトルホルダーに快勝した藤井聡太五段(現六段)。思い起こせば二次予選1回戦で屋敷伸之九段を退けたあたりから「予感」はあった。A級に所属する強豪を初めて破った直後は、昨年の竜王戦で羽生と挑戦者決定3番勝負を戦った松尾歩八段からも白星を奪う。本戦トーナメント1回戦は若手のホープ澤田真吾六段を「瞬殺」し、続く佐藤天彦名人戦では付け入るスキを与える間もなくタイトルホルダーを投了に追い込んだ。

 棋界のトップクラスをことごとくなぎ倒しての優勝には、ただただ恐れ入る。29連勝時に覚えた驚嘆とは別次元の戦慄(せんりつ)だ。羽生竜王を破った瞬間の素直な思いは「やっちまったか」。口あんぐりだ。実は対局前日の16日、ショートプログラムで余裕の首位に立った羽生(はにゅう)の姿を見て「この流れなら、あしたも羽生(はぶ)優勝で間違いなし」と編集局内で声高に断言した身。節穴名誉賞が存在するなら受賞候補筆頭だろう。

 その羽生(はぶ)が記者会見で明かした藤井のすごさについて、あらためて紹介したい。

 「形の認識度の高さを感じます。この形はいい、悪いというパターン認識の能力は非常に高いと思いますね」

 パターン認識?

 15歳の天才棋士を解析するコメントとしては初めて聞く単語だ。後日、都内の大型書店を訪れて解説書をめくってみた…が、ΣやらΩやら見慣れぬ文字を含んだ数列がこれでもかと並んでおり、超文系の筆者には何が何だがさっぱり分からない。結局、「抽象的な画像を具体的に判断する解析システム」のことだろうと勝手に解釈し、解説書を本棚に戻してすごすごと書店を後にした。

 当の藤井五段。じゃなかった藤井六段(また間違えそうだ)。局後のインタビューでは「これで終わりではないので」と空恐ろしい発言をさらりと残していた。まさにその通り。終わりどころか、これは何かの「始まり」に違いない。

 目の回る忙しさで帰途に就く際は魂の抜けた状態だった一日。身震いだけは止まらなかった。(専門委員)

 ◆我満 晴朗(がまん・はるお)1962年、東京生まれの茨城育ち。夏冬の五輪競技を中心にスポーツを広く浅く取材し、現在は文化社会部でレジャー面などを担当。時々ロードバイクに乗り、時々将棋の取材もする。

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