単なる衝動買い

[ 2017年11月7日 09:30 ]

「マネー・ボール」も読み返したくなる
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 【我満晴朗のこう見えても新人類】ノーベル文学賞に輝いたカズオ・イシグロの文庫本を購入するため東京都内の大型書店を訪れた。生来のケチゆえ、値段の高い単行本はなるべく買わない。その点、著作のほとんどが文庫で買えるイシグロ本は理想的だ。足取り軽く特設コーナーに向かう途中、何げなくビジネス書コーナーをのぞいたのが運のツキ。マイケル・ルイスの「かくて行動経済学は生まれり」(文芸春秋)が、うずたかく積まれているではないか。

 マイケル・ルイスと言えば「マネー・ボール」。資金力にハンディを抱えながら独自の選手編成でプレーオフの常連となったMLBオークランド・アスレチックスを描いた大ベストセラーだ。厳密に言うと、ビリー・ビーンGMの物語。2011年にはブラッド・ピット主演で映画にもなった。

 ビーンGMのチーム編成方針は、それまでの業界常識を覆すものだった。「あの選手は“持っている”」「いい面構えだ」といった理由で有力選手を推薦する古株のスカウトを排除し、多少打撃は荒くても四球での出塁率の高い選手を安いコストで獲得する。アウトにならなければ攻撃を永遠に続けられる野球の特徴に目を付けたのがミソだ。周囲の冷たい視線に耐えながら無名選手をかき集めた2002年、前述の理由により入団したスコット・ハッテバーグのサヨナラ本塁打で20連勝を達成したエピソードに心を打たれた。

 ベテランスカウトによる「目」はバイアスがかかっており、その判断は「経験」や「勘」に支配される。そうではなく、頼るべきは的確なデータだ。そこにはヒューマンエラーの余地がない。

 球界に新風を吹き込んだビーンGMの手法を知って、野球ファンの端くれとしても目からウロコが落ちる感覚だった。ところがこのマネー・ボールが発刊された後、「野球の専門家がなぜ選手を見誤るのか…について、すでに何年も前に説明がなされている」という書評が世に出る。衝撃を覚えた作者は、「人間は常に正しい選択をするとは限らない」という、現在「行動経済学」として知られる分野を研究した2人の心理学者について取材を試みた。その成果をまとめたのが冒頭の書だ。

 帯には“「マネー・ボール」が見落としていた、その先の物語”とある。むむむむむ。早速手に取ってページをめくる。導入部はNBAが舞台。マネー・ボール同様の新人獲得舞台裏話がてんこ盛りだ。そのままレジに直行し、税込み1944円の大金をはたいて購入。

 うむ。買うのはほぼ半額の文庫本だったはずなのにね。かくのごとく、人間は理不尽な行動に走るのです。(専門委員)

 ◆我満 晴朗(がまん・はるお)1962年、東京生まれの茨城育ち。夏冬の五輪競技を中心にスポーツを広く浅く取材し、現在は文化社会部でレジャー面などを担当。時々ロードバイクに乗り、時々将棋の取材もする。

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2017年11月7日のニュース