「ひよっこ」演出家・黒崎博氏が明かす舞台裏 リアルな感情追求「泣くシーンで笑っても構わない」

[ 2017年9月26日 08:15 ]

チーフ演出・黒崎博氏とリアルな感情を追い求め続けた有村架純。故郷・奥茨城に別れを告げるシーンで、自由な演技を任され、凍りついた畑の土に触れた(連続テレビ小説「ひよっこ」第23話から)(C)NHK
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 女優の有村架純(24)がヒロインを務めるNHKの連続テレビ小説「ひよっこ」(月〜土曜前8・00)は30日、最終回を迎える。派手さはなくとも、初回から一貫して丁寧な日常描写を積み重ね、心温まる世界観を創出。岡田惠和氏(58)による泣き笑いの脚本を見事に具現化し、視聴者を魅了してきた。チーフ演出を務めた同局・黒崎博氏に「ひよっこ」の“撮り方”を聞いた。

 黒崎氏は1992年に入局。96年からドラマ番組部。主な演出作品はドラマ「帽子」「火の魚」「メイドインジャパン」、映画「冬の日」「セカンドバージン」など。2010年、芸術選奨新人賞を受賞した。朝ドラは「オードリー」(2000年後期)「ほんまもん」(01年後期)「わかば」(04年後期)「どんど晴れ」(07年前期)に続き、5作目。チーフ演出は今回初となった。

 演出する上で、最もこだわったのは「今まで見たことのない有村さんの表情を1つでも多く引き出したい」。明るくチャーミングなみね子だが「彼女の中にも、人を許せないと思ったり、悔しいと思ったり、いろいろな感情があるわけで。僕は“ブラックみね子”と呼んでいましたが、有村さんにはそういう面も遠慮なく、ちゃんとお芝居として出してもらって、僕らスタッフはそれを逃さず撮っていく。だから、かわいいだけで作られた人物像じゃなく、本当にリアルな人間として生き生きと演じてもらうためには何をしたらいいか、そればかりを考えてきました」と明かした。

 有村のリアルな演技を引き出すために何をしたのか。

 「ドラマって、フィクションの世界じゃないですか。0から100まで全部、作り物なわけですが、その中でもリアルな瞬間を撮りたい、見せたいと思って、ドラマを作っている気がするんです。フィクションで演じるわけですが、その中でも本当の感情がふっと宿る瞬間があって、そういうお芝居が“強いお芝居”だと僕は思いますし、そこは有村さんと共有できていたと思います。だから、遠慮なく本当の感情を探すことを1つ1つ丁寧にやっていこう、と。そのために時間がかかっても全然構わないから、と有村さんと話し合いをしました。ドラマなので全部計画を立てて撮影するわけですが、変な言い方かもしれませんが、計画外のことが起きることを楽しもう、と。例えば、泣くシーンで笑っても構わないし、笑うシーンで泣いても構わない。そこは、有村さんが安心して感情の流れに身を任せて演じられるように、僕らスタッフも、どんな演技にも対応できるようにカメラや照明を構えて。それに尽きるんじゃないですかね。例えば、同じシーンを3回撮るとして、2回目にアングルを変えて撮る時、1回目と全く同じように演じないといけない、とは全然思わなくていい。極論すると、1回目で泣いて、2回目で笑っても全然構わない。有村さんのお芝居も自然と1回目、2回目、3回目と違ってくる。それでいいと思って、そういう現場を作ろうと心掛けていました」

 例えば、第23話(4月28日)。奥茨城から上京する日の朝、みね子は1人、凍りついた畑の土に触れ、故郷に別れを告げた。「あのシーンは、畑からすごく離れたところにカメラを1台構えておいて、朝日が昇ってくるところを待って、撮影しました。有村さんには、その日の朝の空気などを感じてもらって、自由に演じてもらいました。あまり打ち合わせもせず、もちろんリハーサルもなく、カメラを回しておいて、有村さんに畑に歩いていってもらって、ヨーイドン。どういうふうにすれば、その時に生まれたリアルな感情を切り取っていけるか」。その環境を整えることに心を砕いた。

 リアルさで言えば、第114話(8月12日)。行方不明になり、記憶喪失に陥った父・実(沢村一樹)とともに奥茨城に帰ったみね子が、1人で東京に戻った日。父との劇的な再会、母・美代子(木村佳乃)と父と2年半暮らしていた女優・世津子(菅野美穂)との“対決”など、激動の日々を過ごし、ようやく一息つく。アパート「あかね荘」の部屋で、親友・時子(佐久間由衣)から「おかえり」。みね子は「ただいま」と柔和な笑みを浮かべる。

 「親友の前でだけ見せられる自然な表情で、あいさつを交わす。そういう時のみね子が一番素敵だなと僕は思うんですよね。決め台詞で、ドラマチックで、というシーンじゃないですが、『ひよっこ』というドラマにとっては一番大事なところなんじゃないかと思います」。第4話(4月6日)で実が出稼ぎから奥茨城に帰った時も、みね子ら子供たちとバス停で「おかえり」「ただいま」。序盤から、日常を描く今作の真骨頂が発揮されていた。

 父の行方不明以外、大きな事件はなくとも、視聴者をわしづかみに。心温まる世界観を生み出すことに成功した理由を聞くと「1つだけ言えるとするなら、キャスト、スタッフみんなが同じ方向を向いていたことだと思います。ことさらに派手なことをやって、アピールしようなんて誰も思っていない。些細なことも大切にしながら日常を描くことを、キャストの皆さんがすごく大事に演じてくれて、スタッフも、今の話で言えば『ただいま・おかえり』のあいさつを交わすところが、このドラマの肝なんだということを理解して撮ってくれた。うまくいったかどうかは別として、みんなが同じ方向を向いていたのは間違いない。それが現場の力だったんだと思います」と感謝した。

 撮影は「幸せな時間だった」と振り返る一方、「最初は怖かった」「苦しい時間でもあった」と率直な心境も打ち明けた。派手さはなくとも「自分たちはそれでいいと信じて取り組んでいますが、放送が始まる遥か前から撮り始めているわけで。視聴者の皆さんに、どのくらい受け入れていただけるか…ということは頭をよぎりました」。丹念に作り込んだ結果、続編熱望の声が相次ぐほど、愛される作品に。「みんなで同じ方向を向いてやってきて、よかったなと思います。ただ、この集中力を1年近くにわたって保つのは、やっぱり大変なこと。決して楽をしてできることじゃないので、キャスト、スタッフが同じ方向を向いて支えてくれたことは、ありがたいなと思います」と謝辞を重ねた。

 数々の作品を手掛けてきたが「もちろん毎回、主人公を好きになって作るわけなんですが、今回ほど主人公を愛したことはないかもしれません」と一際の愛着。「これだけ長い間、有村さん演じるみね子を撮り続けて、みね子を好きになれた。それが幸せで、演出家冥利に尽きます。僕もスタッフも、みんなが愛したみね子の世界を視聴者の皆さんにお届けできることがラッキーなことなんだと思います」。泣いても笑っても、あと4回。みね子たちの姿を脳裏に焼き付けたい。

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