「ひよっこ」脚本・岡田惠和氏が明かす舞台裏 何もない回の醍醐味 悪人が登場しないワケ

[ 2017年9月23日 05:00 ]

「ひよっこ」脚本家・岡田惠和氏インタビュー(中)

NHK連続テレビ小説「ひよっこ」の脚本を手掛けた岡田惠和氏。最終週を前に作劇を振り返った
Photo By 提供写真

 NHKの連続テレビ小説「ひよっこ」(月〜土曜前8・00)は25日から最終週(第26週)に突入。脚本を手掛けた岡田惠和氏(58)が作劇を振り返った。朝ドラ脚本の醍醐味は、ストーリーの本筋には影響しない「何もない回」と告白。朝ドラ3作目の今回は、肩の力が抜けた“遊びの回”を「意識して楽しもうとしていた」と明かした。心優しきキャラクターが集うドラマの世界観で、視聴者をわしづかみに。あからさまな敵役が登場しないことについて、自身の人生経験を踏まえて語った。

 東京五輪が開催された1964年から始まり、東京に出稼ぎに行ったものの、行方不明になった父・実(沢村一樹)を捜すため、集団就職で上京する谷田部みね子(有村)の姿を描く。主舞台は、第1〜4週は美しい田園風景が広がる奥茨城、第5〜10週はみね子が就職した東京・向島電機、第11週以降はみね子が働く赤坂の洋食屋「すずふり亭」とアパート「あかね荘」。第13〜14週はビートルズ来日、第15〜17週はみね子と大学生・島谷(竹内涼真)の恋、第18〜19週はみね子、美代子(木村佳乃)母子と父の再会、第20週以降はみね子の親友・時子(佐久間由衣)のツイッギーコンテスト挑戦、記憶喪失の実を保護した“恩人”でスキャンダルのため窮地に陥った女優・世津子(菅野美穂)の“救出作戦”などを主に描いた。

 朝ドラ脚本は「ちゅらさん」(2001年前期)「おひさま」(11年前期)に続く3作目。過去2作の経験は「決してアドバンテージにはならなかったと思います。今回が一番大変でした」としながらも「現時点の自己ベストは苦しみながらも出せたかなとは思っています。1話1話書いていったという思いは強いですね」と手応えを示した。苦労も含め、最も印象に残る回を聞くと「僕はですけど」と断りながら「一番楽しいのは、何もない回なんですよ。これは脚本家として、朝ドラでしか味わえない自由」と切り出した。

 「例えば、漫画家志望の2人がいなくなった回(第121話、8月21日)とか」と笑いを誘いながら「物語を動かす大きな局面を書く時よりは“何もない回”の方が楽しいし、長い朝ドラだからこそ与えられる贅沢。ストーリーが何も進んでいないと怒られることもありますが、僕にとっては一番の醍醐味ですね。脚本家が楽をしているように思われるんですが、実はそっちの方が技術的には大変。漫画家志望の2人がいなくなった話が、つまらないなら、やっぱりやらない。“何もない回”の方が物書きとしてはハードルが高いので、やりがいがあるし、朝ドラの一番好きなところの1つ。今回は若い人を含め、俳優さんたちがみんな芸達者だったので、いち空間で4〜5人がしゃべっているだけというシーンも、心配せずに書けました。過去2作に比べ、今回は敢えて、意識して楽しもうとしていた感じがします」と筆が乗っていたことを明かした。

 朝ドラ王道パターンの「ある職業を目指すヒロイン」「偉業を成し遂げる女性の一代記」とは異なる今作。みね子は夢を持って邁進してきたわけではない。「ここ数年、高い目標に向かって自己実現していく、くじけないタイプのヒロインが多かったですが、だから違うキャラクターにしようという発想はなく、書く上で自分が一番愛せる人、自分の気持ちが一番入る人をヒロインにしたんだと思います。それほど前向きでもなく、リーダーシップを取るタイプでもなく、無謀な行動もできない。その中でも決してつらいだけじゃなく、折り合いをつけながら、喜びを見いだして生きていっている人が好きなので」と今作におけるヒロインの人物造形を説明。「朝ドラのヒロインとしては少し珍しかったかもしれませんが、ドラマの人物像としては決して珍しくはないと思います」とした。

 悪人が登場しないのも、岡田脚本の特徴。人情味あふれるキャラクターたちが生み出す、心に染み入る世界観が視聴者を魅了した。「敵がいるとドラマは動くんですが、敵がいなくなれば解決する。『ひよっこ』の登場人物たちはみんないい人で、そこはユートピアなんですが、逆に言うと、このドラマで起きる悲しいこと(実の記憶喪失など)は、解決しようのないことばかり。たぶん人生って、敵はいなくても基本ままならないし、あの『ひよっこ』の人たちのすぐ横の道には何があるか分からない…という感じを描きたいと思っていました。自分の人生の経験からしても、何かがうまくいかなかったことが他人のせいだったことはあまりない。結局は自分の問題。僕の人生で、僕をうまく行かせないためだけに向かってくる、ドラマの敵役みたいな人に会ったことはありません(笑い)。自分ができなかったことの原因は全部、自分だったりするから。そういうふうに人を描こうと思っていました。だから今回、唯一救えなかった(悪者になった)のは(出稼ぎで稼いだお金を家族に送金しようとしていた実を襲い、記憶喪失の要因となった)ひったくりの人だけですね」。岡田氏の人生哲学が垣間見えた。紡ぎ出される世界が愛される理由が分かった気がした。

続きを表示

2017年9月23日のニュース