ガンダムORIGIN 安彦総監督「ニュータイプの誤解を解きたかった」
「ファーストガンダム」の前史を描くアニメ第5弾「機動戦士ガンダム THE ORIGIN 激突 ルウム会戦」が2日、公開される。安彦良和総監督(69)はインタビューで、改めてファーストを描く原動力の1つに、ガンダムシリーズの一大テーマ「ニュータイプ」に関する一部ファンの誤解があったことを挙げた。
アニメ「ORIGIN」には原作漫画がある。1979年から放送され、「ファーストガンダム」と呼ばれるアニメ「機動戦士ガンダム」を、安彦氏が2001年から描き直したものだ。当時、ファーストの海外展開を考えた製作会社サンライズが「この映像では営業が掛けられない」と、安彦氏に依頼した。
「ファーストを知らない世代が随分増えたと感じていたが、“ファーストって何?”と聞かれて“これです”と見せられる物がない。今さら、あの古い物を見せてもね。忸怩(じくじ)たる思いだった」と振り返る。
ファーストはアニメ史に輝く名作。世界観や人物描写、メカデザインなどは今でも古びていない。ただ、21世紀に入る頃には作画クオリティーで見劣りするようになっていたのも事実。これが新規ファン開拓の壁になっていた。作画監督、キャラクターデザインを務めた安彦氏にとって胸の痛む話だった。
迷いながらも「変えたい部分は変えることを認める」ことを条件に、漫画化を引き受けた。「僕はファーストがどんな思いを込めて作られたかを知るスタッフの1人。それをきちんと伝える権利がある」と話した。
漫画化にあたり、どうしても変えたかった部分がある。それは「ニュータイプを巡り誤解を与えてしまった描写」だ。
ニュータイプとは、ガンダム世界で描かれる超能力者のような存在。主人公のパイロット、アムロ・レイらがそうだった。予知能力に優れ、テレパシーのような力も使う。他人の意思を直感的に感じ取り、人類の未来に希望を感じさせた。宇宙に進出した人類が人間本来の力を引き出したとの解釈もあったが、劇中では未解明の部分が多かった。
安彦氏は「ガンダムの一般的な理解として“今までと違う新しい世代が宇宙時代に誕生し、主役になっていく話”というのがある。それは違う!と言いたかったんです」と語気を強めた。「新しいも古いも、地球にいようが宇宙にいようが関係ない。人は人です」という。
ただ「そう誤解されやすい形で送り出してしまった。だから“決してそういうメッセージではない”と描かなきゃいけない」。それは、ファーストが今も人気の衰えぬ作品だからこそ、やらなければならない仕事だった。
89年から漫画に専念し、「王道の狗」「虹色のトロツキー」など史実に基づいた歴史群像劇を数多く描いてきた。ORIGINでアニメに戻ってきたが、ファーストの成功で得た名声を捨ててのこれらの挑戦がニュータイプの誤解を解いてもらうための制作過程で大いに役立っていると言えそうだ。
「ORIGINにはいろんなモブ(群衆)シーンが出て来て、それが絵的に非常に面倒で、描いてくれる人に謝ってるんだけど」と苦笑い。「僕は群衆を描かなきゃ、世の中を描いたことにならないと思っている」と続けた。
人はそれぞれの主張や感情、事情を抱えて生きている。それらが混然となって動く人間社会は誰も望まない方向に進むことがある。「人がマス(集団)で抱く感情というのは、誰にも制御できない非常に厄介なもの。ポピュリズムと言われる今の現象も同じ。過去も現在も未来も、世の中というのは混沌(とん)ですよ」と指摘。「混沌の中に正義だとか大義名分だとかがのみ込まれ、(人は)ダーっと流されていく。後から振り返って“あの時、ああいうことだったのか”の繰り返し。そこはガンダムの世界でも押さえたかった」と力を込めた。
他人の思いを感じ取れるニュータイプは、まさに混沌の中に描いた希望の光に見えた。だが劇中の言葉を借りれば“人は逆立ちしたって神様にはなれない”。「人は分かり合えないのが当たり前。それがガンダムの視点。その上で、分かり合えたらどんなにいいだろう。それを目指そうと」。それがファースト本来のメッセージだという。「そこでニュータイプが出てくるわけだけど、それは誰?それは何?と考える仕掛けがファーストにはある」と楽しそうに笑った。ニュータイプについて「漫画版では描き切った」と言いつつ、「これからも描かなきゃならないんだけどね」と含みを持たせた。
アニメ「ORIGIN」は、漫画原作内で安彦氏が独自に描き加えた“ファースト前史”を映像化したもので、来年公開の6作目で描き終える。多くのファンは、その先にある“ファースト本編”に当たる部分が映像化されるのか注目している。
「ルウム編」の人物描写について語る、安彦氏の一言が印象的だった。「一つ言っちゃえばですね。大人たちの物語が終わり、これからアムロたち世代の物語が始まる。これが本編。その“始まり感”も描かなければならなかった」。それは“その先”のアニメ化を意識した口ぶりに聞こえた。(岩田 浩史)
≪ファーストをリメークできるのは富野氏だけ≫安彦氏は8月中旬の新聞に掲載された自身のインタビュー記事が1979年のテレビアニメ版の“リメーク構想”と受け止められかねないことを危惧。同23日にTBSラジオ「伊集院光とらじおと」にゲスト出演した際、「僕は“ファーストのリメーク”という言葉を禁句にしている。リメークする権利は富野にしかない」と話した。富野氏とは原作者で、テレビアニメ版と1981年から公開の劇場版3部作で監督も務めた富野喜幸(現・由悠季)氏。ただ、漫画で描いたファースト本編部分については「僕しかいない。人に任せるくらいなら自分がやる」と強調した。一方、サンライズは「現時点で決まっていることはない」としている。
ちなみに、漫画化の際、サンライズに「富野がOKを出すなら描く」と条件を出していたという安彦氏。同社社長らを交えて富野氏と酒を酌み交わし「読ませてもらうよ」と許可を得たことを明かした。
◇安彦 良和(やすひこ・よしかず)1947年12月9日、北海道生まれ。弘前大在学中、学生運動に傾倒し除籍処分となり上京。虫プロでアニメーターに。その後、フリーとなり、「宇宙戦艦ヤマト」「機動戦士ガンダム」シリーズなどに携わる。79年「アリオン」で漫画家デビュー。83年に映画「クラッシャージョウ」で初監督を務める。80年代末からは漫画に専念。日本の神話が題材の「ナムジ」や、ノモンハン事件を描いた「虹色のトロツキー」、日清戦争などを描いた「王道の狗」などを発表し、文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞(2000年、王道の狗)などを受賞。15年公開の「機動戦士ガンダム THE ORIGIN I 青い瞳のキャスバル」で総監督を務め、約25年ぶりにアニメ現場に復帰。
◇機動戦士ガンダム THE ORIGIN(ジ・オリジン) 2001〜11年、安彦氏がファーストガンダムを描き直した漫画作品。第1話発表に合わせて創刊されたガンダム漫画専門誌「ガンダムエース」(角川書店)で連載。現代の視点から不自然になった設定を修正し、新キャラや新エピソードを加えた。最終回でアニメ化を発表。15年から、ファーストで描かれなかったジオン建国の経緯や一年戦争の序盤を劇場版アニメなどで描いている。第6作「誕生 赤い彗星(すいせい)」の18年公開が決定している。
◇機動戦士ガンダム 1979〜80年放送のSFロボットアニメ。地球周辺に複数の「スペースコロニー」を打ち上げ、人類の一部が移民して半世紀以上過ぎた時代に、コロニー国家のジオンが地球連邦に仕掛けた独立戦争(一年戦争)を描く。レーダーや電波誘導兵器が無力化される発明により戦争が白兵戦に近い状態となり、モビルスーツと呼ばれるロボット兵器が活躍。当時のアニメにない戦争と人間模様の描き方で、幅広い年齢のファンを得た。プラモデル(ガンプラ)が爆発的人気となり、81年から公開の劇場版3部作も大ヒット、社会現象となった。続編などのアニメが現在も製作され、放送中。
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