松尾スズキ氏 伝説舞台「業音」15年ぶり再演「不幸に対しての感覚が鈍麻している」

[ 2017年8月10日 12:00 ]

松尾スズキ氏インタビュー(中)

作・演出を務める舞台「業音」が15年ぶりに再演される松尾スズキ氏
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 俳優の阿部サダヲ(47)や宮藤官九郎(47)らが所属する人気劇団の「大人計画」を主宰する劇作家・演出家の松尾スズキ氏(54)が手掛けた伝説的舞台「業音」が15年ぶりに再演。10日、東京・池袋の東京芸術劇場シアターイーストで開幕する。執筆の裏側、テーマの1つとなる「不幸」についての考えを聞いた。

 初演は2002年10月(東京・草月ホール)。悲劇をテーマとし、松尾氏が作・演出を務めるプロデュース公演「日本総合悲劇協会」の3作目として上演され、荻野目慶子(52)の体当たりの熱演が話題を呼んだ。

 限りなく深い人間の“業”の闇…。演歌歌手として再起を目指す元アイドルを主人公に、不幸が不幸を呼び、負の連鎖が奇怪にうねる。介護や宗教など、現代社会が抱える問題を余すところなく描き、悲劇性と喜劇性が見事に融合する作品となった。

 再演は荻野目が演じた落ちぶれた元アイドルに、数々のドラマや映画、スポーツキャスターの松岡修造氏(49)と共演する消臭剤「ファブリーズ」のCMなどでもおなじみの平岩紙(37)が挑む。松尾氏、平岩をはじめ、大人計画のメンバー・池津祥子(47)伊勢志摩(48)宍戸美和公(42)宮崎吐夢(46)皆川猿時(46)村杉蝉之介(51)、ダンサー・康本雅子(43)とエリザベス・マリー(28) (ダブルキャスト)が出演。10月には「大人計画」初の海外公演となるパリ公演を行う。

 15年前の執筆経緯を尋ねると、松尾氏は「具体的なことはあまり覚えていないんですが、9・11(2001年9月11月の米中枢同時テロ)がきっかけになったことは間違いないですね」と回想。「既にバブルは崩壊していたものの、9・11によってイケイケの昭和の感じが崩れ、何というか、諸行無常感というんですかね、それが日本だけのものじゃなく、非常にグローバルなものだったということに気付かされました。その諸行無常感に耐えうるには、こっちの気持ちの中に、すごく野蛮なものがないと太刀打ちできない。その野蛮というのは『究極的に人間は自由な存在だということを意識する』ことだと思うんですが、モラルが欠落した(今回の主人公の)女を出すことで、自由とか怒りとか、そういうものをやろうとしたんだと思います。そういうことを言うと、堅苦しい芝居に見えちゃいますが、それを笑うという不謹慎さもまた、おもしろいなと思って」と振り返った。

 15年前は荻野目演じる役の名前を「荻野目慶子」とするなど、それぞれの名前を役名に使った。今回は平岩演じる役の名前が「土屋みどり」など「作品自体にもっと普遍性を持たせたいと思ったので、全部、作った名前にしました。固有名詞の限定感に縛られて、ずっと再演ができなかったんですが、どこかで作品自体を自由にしてあげないといけないという思いがありました。今、稽古(開始から約2週間の時点)をしていて、この作品は普遍的なものになりうるぞという感触を得ています」と手応え。脚本は「若さゆえに比喩にこだわりすぎていて(観客の)耳に届きにくいと思ったところを訂正したり、さすがにギャグとして古いものは書き換えたりしました。15年経って、自分の細胞も変わっているから、言語感覚も変わるんですよね。てにをは、語尾、点の打ち方とか、結局、ほとんどのセリフを書き直す形にはなりました」

 今回のプロデュース公演「日本総合悲劇協会」には「21世紀の不幸を科学する。」という“サブタイトル”もある。現代の不幸の要因については「不寛容じゃないですかね」と分析。「それについて具体的なことは、あまり言いたくないんですけどね。感覚として感じる不寛容さが人を不幸にしているんじゃないかなという気がします。ネットとかを見ていると、本当に感じますね。不寛容さが本質を見えにくくしている部分もありますし」とした。

 不寛容さが蔓延する2017年に、今作を再演する意義はどこにあるのか。「15年前は同時多発テロが非常にショッキングでしたが、テロリズムも常態化していく世界情勢の中で、今は不幸に対しての感覚が鈍麻しているという気はしていて。そこに、もう1回、冷水を浴びせたい。そういうのはありますね」。15年の歳月を経てよみがえる衝撃作の反響が注目される。

 【「業音」あらすじ】母の介護をネタに、演歌歌手として再起を目指す落ちぶれた元アイドルの土屋みどり(平岩紙)は、借金を返すため、マネジャーの末井明(皆川猿時)とともに自身が運転する車で目的地に向かっていた。途中、自殺願望を持つ堂本こういち(松尾スズキ)と、堂本をこの世につなぎ止める聡明な妻・杏子(伊勢志摩)と遭遇し、不注意から杏子をはねてしまう。杏子は脳を損傷し、自力による移動や食事、意思疎通ができなくなる。怒り狂った堂本は責任を迫り、みどりを拉致連行。“有罪婚”と称し、2人は結婚。奇妙な共同生活が始まる…。

 ◆「業音」公演日程【東京公演】8月10日(木)〜9月 3日(木)=東京芸術劇場シアターイースト【名古屋公演】9月13日(水)〜14日(木)=青年文化センター・アートピアホール【福岡公演】9月16日(土)〜18日(月・祝)=西鉄ホール【大阪公演】9月21日(木)〜24日(日)=松下IMPホール【松本公演】9月29日(金)〜30日(土)=まつもと市民芸術館・実験劇場【パリ公演】10月5日(木)〜7日(土)=パリ日本文化会館

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