腹をくくって作った映画はやはり伝わってくる!

[ 2017年6月17日 11:00 ]

映画「十年」の「地元産の卵」に主演したリウ・カイチー(c)photographed by Andy Wong,provided by Ten Years Studio Limited.
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 【佐藤雅昭の芸能 楽書き帳】香港が中国に返還されたのは1997年7月1日。早いもので、今年でちょうど20年になる。岩下志麻さん主演の映画「新極道の妻たち 覚悟しいや」のロケ取材で訪れたのは返還前の92年。それ以来、何度かプライベートでも旅しているが、10年以上もご無沙汰で、現在どんな様子なのかわからない。

 返還から20年の節目に当たる今夏、見応えのある香港映画が上陸する。「十年」という作品だ。当地では15年11月にホンコン・アジアン・フィルム・フェスティバルという映画祭で2回上映された後、同12月17日に一般公開。わずか1館でのスタートだったが、口コミで広がり、「並んでも観られない」と話題騒然。最終的には6館に拡大。約730万円の製作費に対し、最終興行収入が9200万円に上ったというからヒットどころか大ホームランになった。

 映画が描くのは2015年から“十年”後の25年。「果たして香港はどうなっているか」を、ほとんど無名の5人の新鋭監督がオムニバスで表現した異色作だ。

 (1)「エキストラ」

 (2)「冬のセミ」

 (3)「方言」

 (4)「焼身自殺者」

 (5)「地元産の卵」

 ほぼ満員の試写室で一足お先に拝見したが、いずれも面白い。とりわけ(3)の「方言」と(5)の「地元産の卵」に強く心引かれた。

 ジェヴォンズ・アウという80年生まれの監督がメガホンを取った「方言」は広東語しかしゃべれないタクシー運転手が主人公。普通話(北京語)の普及政策に困惑するドライバーの姿は滑稽でもあり哀れにも映った。

 (5)の「地元産の卵」が最も好きだ。ン・ガーリョンという35歳が演出。香港で最後の養鶏場が閉鎖される。「地元産の卵」が売りだったが、この「地元産」という言葉が当局のブラックリストに入っていた。少年団に監視させているが、これがまるで文化大革命時代の紅衛兵のイメージ。規格統一は共産圏の特徴なのだろうが、“規格外”を許さない恐ろしさを感じた。そして本当にぞっとしたのはラスト近く。少年たちが町の書店で「禁書」をチェックしているが、その中に何と中国でも大人気の日本の国民的マンガも…。

 じわじわと自由が失われていき、巨大な竜のような大陸にのみ込まれていく香港の人々の苦悩、不安がスクリーンを通して浮き彫りになっていく。この映画をもちろん中国政府は封殺した。ネット上にアップロードされた違法な動画へのアクセスも徹底的にシャットアウトしたそうだ。

 そんな大陸の無視や横やりを尻目に、「十年」は昨年4月3日に行われた香港電影金像奨(香港のアカデミー賞)で最優秀作品賞を受賞。「広東語」の香港映画の歴史に大きな1ページを刻んだ。

 「無風で穏やかな社会からは心揺さぶられる映画は生まれてこない」

 言い回しは正確ではないが、大島渚監督からこんな言葉を聞いた記憶がある。たった4日で上映を打ち切った会社に反発して松竹を退社するきっかけとなった「日本の夜と霧」(60年)をはじめ、常に権力に対じし続けた人らしい言葉だ。

 中国政府ににらまれたって構わない。「そんたく」や「ご意向」に背を向けて反骨精神を見せた5人の監督が作り上げた「十年」を見て、改めて大島監督の言葉をかみしめる。「十年」は7月22日から新宿K,s cinema他で順次全国公開の予定。

 ◆佐藤 雅昭(さとう・まさあき)北海道生まれ。1983年スポニチ入社。長く映画を担当。

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