“画家”津田寛治 俳優業も絵画も「ゴールがあったらつまらない」
3月10日公開の映画「スレイブメン」で、主人公を追い込むブラック企業の社長役を演じている俳優・津田寛治(51)。人気テレビドラマやバラエティで名脇役ぶりを発揮する一方、マニアックな映画にも好んで出演。奇抜キャラを演じることから“怪優”の代名詞がよく似合う。そんな津田の趣味は、意外にも本格的な絵画。演じる役のイメージとは全く違う趣味の世界を通じて得たものは「ゴールがあったらつまらない」という思いだ。
2015年に描いた総制作期間1週間という、タイトル未定の自画像。真っ黒に塗りつぶされた人物が、きらびやかな遊園地のメリーゴーランドの前でたたずむ姿は印象的だ。「目まぐるしくクルクルと華やかに回るメリーゴーランドは僕がいる業界のメタファー(暗喩)かも。流されることなく貫きたい、という自分の理想が出ているんでしょうね」。
自宅にはこれまで描いた90枚程度の“津田コレクション”がある。「どんなに描いても“完成したぞ!”という達成感はありません。描き終わった後は自分でいろいろな角度から眺めて次への反省を感じ、部屋の隅にしまうだけ。人に見せるのが目的ではなく、自分の頭の中にあるイメージを具現化する作業が好き」。絵を通して自分の内面にあるものと対話するのが至福の時間だ。
幼少期から絵を描くのが好きで、将来の夢は漫画家だった。「当時描いていた漫画は『頑張れ!ニンジン君』。嫌いなニンジンを食べてくれるキャラクターが活躍するギャグマンガで、学級新聞に連載を持っていたくらいです」。そこから本格的に油絵を描くようになったが、俳優を志して上京した後は、絵から遠ざかる日々が続いた。
再び絵と向き合ったのは25歳のとき。母親の部屋を掃除していた際に「ふと“この壁に絵を飾ったらいいな”と思ったのがきっかけ。それ以降はもっぱらアクリル絵具で描いていましたが、描いていくうちにどんどん写真やこぎれいなポスターに近づいていくような気がして、自分の絵がどうしても描けないという悩みにぶち当たった」。
自分の琴線に触れるタッチを探すべく、さまざまな作家の画集に触れた結果、ゴッホやシャガール、エゴン・シーレ、佐伯雄三に衝撃を受け、再び油絵に戻った。「近くで見ると絵具の汚れのようだけれど、遠くから見ると実は雲のように見えたりする躍動感あるタッチが好き。作品は作り手の脳みそを通すから形になるものであって、本物と違うからといって間違っているというものではない。僕自身も実像とは違っていても頭の中にあるイメージをもとに描くことがほとんど。描くペースも絵具が乾ききらないうちに描き切る早描きを心がけています」と初期衝動を重視している。
キャンバス代わりに使用するのは「自分の好きな風合いが出る」という理由から日曜大工で使うようなベニヤ板。下書きはせずに、ペインティングナイフとウエスだけを使う。絵と向き合うのは周囲が静まり返る深夜が多い。「大体こんなところから…と描き出していくと想像もしないものになっていく。設計図通りにいかないのは、予算や天候、撮影場所などさまざまな要素に左右される映画作りに似ている」と笑う。
絵を描くことで達成感はないというが、その感覚は俳優業でも同じ。「正解がないのは俳優業と繋がる部分。よく“俳優として手応えを感じた作品は?”と聞かれるけれど、実は何一つ思い浮かびません。いつも反省の連続。褒められたり賞を獲ったりすることを原動力にすると、僕の場合は創作意欲が湧き上がって来ない。これが上手くいかなかったから次は別の手でやろうとか、自分の中で次へと繋がるステップがないとダメですね。俳優は一生やっていくものですから、ゴールがあったら仕事としてつまらない」。絵画も俳優業も、突き詰めようとする気持ちがあるから飽きがこない。
俳優としての醍醐味は、作品が想像もしないものになっていく過程を体感する瞬間。「大切にしているのは“作り手の眼差し”。予算のあるなし、メジャーマイナーは関係なく、物語に対する監督の思いや強烈な眼差しにぶち当たり、作品が想像もしない方に転がっていく時の幸せを感じたい。『スレイブメン』の井口昇監督には毎回鳥肌が立っています。観客の皆さんには井口監督の世界がまざまざと光を放つ瞬間を見てほしいですね」。芸歴24年目のベテランだが、趣味も仕事も未完成でいい。津田寛治というキャンバスは無限大だ。(石井隼人)
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