久野綾希子 ミュージカルをあきらめ、ミュージカルで咲いた

[ 2017年2月26日 10:30 ]

美貌も歌声も健在!笑顔でインタビューに答える久野綾希子
Photo By スポニチ

 【大人の魅力】かつて劇団四季のミュージカル「キャッツ」「エビータ」などで華麗なヒロインを演じた久野綾希子(66)。多くのファンを魅了した伸びのある歌声と美貌はいまだに健在だ。まさに日本のミュージカルブームの火付け役、彼女の素敵な役者人生を振り返る。

 劇団四季の「キャッツ」が初演されたのは、83年11月。場所は西新宿の「キャッツ・シアター」。日本で初めてのロングランを目指して建てられた専用の仮設劇場だ。ミュージカル新時代はここで幕を開けた。久野が演じたのは、娼婦(しょうふ)猫のグリザベラ。テーマ曲「メモリー」はきっと誰もが一度は耳にしたことのある名曲だ。

 「初めて聴いた時はあまりに美しい曲に体中が震えたのを覚えてます。私が舞台上で歌うのはこの1曲だけ。いつも何十回も練習して本番に臨みました。ステージで歌っている時はまさに“無”の境地でしたね。ただ思いを届けたい。歌っている時は何も考えてませんでした」

 名作との出合いは、本場ロンドンのウエストエンド。この時、すでに同じアンドリュー・ロイド=ウエバーが音楽を手掛けた「エビータ」を演じスターの仲間入りを果たしていた。演出の浅利慶太氏から「とにかく見てきてほしい」と言われ英国へ飛んだ。観劇直後、国際電話で「どうだった?できそうな役はあったか」と聞かれ、ダンスが苦手な彼女は「1匹だけあまり踊らないで感動的な歌を歌う猫がいました」と素直に感想を伝えた。受話器の向こうから「バカヤロー、それが主役だ」と半分あきれたような笑い声が返ってきた。

 劇団を挙げての大型ミュージカル。稽古は厳しさを増したが、作品ならではのユニークなレッスンもあった。ある時、野生動物を撮り続けた映画監督の羽仁進さんがやってきた。猫科の生態を詳しく講義するためだった。いかに猫が誇り高い動物か、それ故の行動、独特の動きなどを解説。その翌日から稽古場は猫だらけ。「出演者全員が真剣に猫になりきって歩いたり走ったりしてるんです。それが面白くて。でも、笑うわけにもいかないですから」。あの猫メークも当初は2時間かかって仕上げたが、慣れると15分でできるようになった。

 スタッフ、俳優の苦労と努力が実を結び、東京公演は連日満員。1年間のロングランとなった。その後、大阪でも約1年1カ月上演。「“まだいける、まだいける”という感じでした。普通、千秋楽が決まってますから、役者はそのゴールに向かって体力、気持ちを維持していくんですが、それが見えない。初めての経験でした。最後の頃はいつまでやるんだろうなんてうれしい悲鳴もありましたね」。初演から30年以上が過ぎた。キャストは新しくなったが、キャッツ人気はいまだに衰えることがない。

 「ジーザス・クライスト・スーパースター」「ウエストサイド物語」など出演したミュージカルを挙げれば、順風満帆の役者人生のようだが、さにあらず、人知れぬ悩みを抱えていた時期もあった。「コーラスライン」の初演は、29歳の時。四季に入って日増しに膨らむ大きな課題につぶされそうになっていた。それは「やっぱり踊れないと無理。自分はミュージカル俳優には向いていない。自分のいる場所ではない」。4カ月間の地方公演に出る前、こっそり退団届を出した。

 ところが、公演期間中の80年11月、舞台美術家の金森馨さん、「アプローズ」に主演したシャンソン歌手の越路吹雪さんが相次いでこの世を去った。「とても大切な人を次々に失って劇団にとっては試練の時でした。もう私のさ細な悩みなんかどこかへ吹き飛んでしまったんです」。直後、「エビータ」の主人公に抜てきされた。「アルゼンチンよ、泣かないで」を歌うエバ・ペロンは、憧れの役だった。貧しい境遇から大統領夫人に上り詰めた、力強く生きるヒロイン。「彼女の人生を何度も繰り返しているうちに、自分の胸の中に仕事に対するプロ意識が少しずつ芽生えてきたように感じた」。まさに役者人生のターニングポイントとなった。

 3人姉妹の末っ子。厳格な会社員の父と優しい母に大切に育てられた。「女性は学校を卒業したら嫁に行く」。そんな家風に精いっぱい反発し、大学3年生の時、新聞で見た四季のオーディションを内緒で受けた。芸能界へ入ることなど絶対に許してもらえない。研究生になった時、浅利慶太氏に「大学院に行かせたと思ってこの1年やらせてあげてください」と説得してもらった。看板女優になっても、顔を合わすたび父には「やりたいことをやったのだからそろそろ嫁に行け」と言われた。

 「ある時、“お父さんはあなたが舞台で活躍する写真をみんなに見せて喜んでいるわよ”と母から聞きました。やっぱりうれしかったですね。この道に進んでも少しは親孝行ができたのかな」

 ◆久野 綾希子(くの・あきこ)1950年(昭25)8月24日、大阪府出身。愛知県立芸術大学声楽科卒業。72年、劇団四季に入団。86年に退団。その後も「王様と私」「ブラッド・ブラザーズ」などに出演。4月8日には、東京・丸の内コットンクラブでライブ「My Favorite Songs」を行う。

続きを表示

この記事のフォト

2017年2月26日のニュース