大場久美子「勇気」で乗り越えたパニック障害

[ 2016年1月31日 12:05 ]

インタビューに応じる大場久美子

 かつて「1億人の妹」と呼ばれ1970年代を代表するアイドルだった大場久美子(56)。最近、彼女からまた目が離せなくなってきた。いくつかの困難を乗り越え、キュートなスマイルが復活。久々のグラビアは大好評で心理カウンセラーとしても活躍中だ。

 「会いたい」。こんな青春時代の淡い憧れを胸に都内のスタジオを訪ねた。レモン色のワンピース姿がまぶしい。とびっきりの笑顔は少しも色あせることがない。甘えたような口調は昔のまま。そう、僕らの「コメットさん」だ。

 「もともと舞台に立てる女優さんを目指していたんです。でも、あの当時はまったく演技をしたことがなくて一から教えてもらってました。器用に見られるんですけど、本当は違うんですよ。人が10回やればできることも100回、いや1000回練習しないとダメですね」

 デビューして2年目で同ドラマの主人公に抜てきされ、一躍スターの仲間入り。歌手活動もスタートし「スプリング・サンバ」がヒット、ステージはいつも熱烈な若い男性ファンで埋め尽くされた。「どんな時でも一人一人のお客さまに精いっぱいの真心を伝えなくてはいけない」。人気絶頂の時、信頼するスタッフから言われたこの言葉は今でもしっかり胸に刻んでいる。

 「3階の一番隅に座っている人にも自分の気持ちを届けたい。そのためにはどんな歌もちゃんと自分の感情を込めて歌えるようになりたい。レコーディングもまるでお芝居を作っているような感じでしたね」

 売れっ子の過密スケジュールはいつの時代も同じ。テレビ局を分刻みでハシゴして移動時間に仮眠をとった。収録、取材、撮影と気が休まる時はなかった。誰からも天真らんまんな女の子にみられていたが、素顔の自分は違った。1人になるとマイナス思考。周囲の何げない声で心が傷ついたこともあった。

 「あんなこと言われちゃったとか、もうダメだとか、私にはできないなんて何度も考えましたね。そのたびに芸能界を辞めようと思いました。でも、最近はマネジャーさんに“そう言いながらもう40年近くやってるんだから”とたしなめられてます」

 「命短し恋せよ乙女」。歌の文句ではないがこれも女性アイドルの宿命か。何事もいちずに考える生真面目な性格。仕事の変化、母親との永遠の別れ、結婚そして離婚など人生の転機が重なり、いつの間にか心が悲鳴を上げていた。10年ほど前のこと、突然、激しい呼吸困難に襲われた。パニック障害だった。

 「本当に苦しいんですよ。心臓がバクバクして息をすることもできなくなるんですから。何にも手がつけられなくなってこれからどうなるんだろうって不安ばかりが募りましたね」

 「天は自ら助くる者を助く」。そんな彼女を救ったのは、まぎれもなく己の勇気だった。心の病に打ち勝つため、心理カウンセラーの資格を取ることを決意。無我夢中で半年間、専門の学校に通い、「どうしてそうなるのか」という原因にアプローチする「認知行動療法」を学んだ。その効果もあり、今では講演会で自らの体験をもとに悩みを抱える人たちの相談相手にもなっている。

 「嫁姑(しゅうとめ)のこと、夫婦間のトラブル、子育てのこと、友人関係とか、さまざまな問題がありますね。それを少しでも解消するお手伝いができればいいかなって。時々、“おかげで楽になりました”なんてお手紙をいただくとこっちまでうれしくなっちゃいます」

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