池乃めだか 亡き師匠・海原小浜さんの教え生涯貫く「骨の髄まで」

[ 2015年12月30日 13:45 ]

亡くなった海原小浜さんへの思いを語る池乃めだか

 昭和の女性漫才コンビ「海原お浜・小浜」として活躍し、24日に92歳で死去した海原小浜さんの弟子で、息子の元漫才師・海原かけるさんとコンビを組んだ吉本新喜劇の池乃めだか(72)が29日、京都市内で取材に応じ、亡き師匠の教えを生涯貫き通すことを誓った。

 「今があるのは小浜師匠のおかげ。骨の髄まで(教えを守る)その気持ちです」

 訃報は28日、マネジャーを通して知った。同門の海原はるか(67)に電話を入れ「一緒に年明け、かけるちゃんの(営む大阪市内の)お店に行って、お悔やみを言えたら」と話した。

 20代の頃、小浜さんの自宅で1年間同居した。サラリーマンから1966年に芸能界に転身し、コミックバンド「ピスボーイ」で出発したが、1年3カ月で解散。芸能界転身の際に弟子入りを断られた小浜さんへ報告に行くと「私のかばんでも持っとき」と引退を引き留められ、漫才を始めた。10年ほど前、なんばグランド花月での再会が最後。「ボクのお笑いに対する考えは小浜師匠から教わったことが90、いや100%を占めている」。その存在は大きかった。

 師匠の言葉を守ってきた。「下ネタはよくない。誰でも笑わせられる」「客いらう(いじり)のもアカン」「芸人は舞台で頑張ったらいい。芸を安売りするな」の3つだ。「本当にいい勉強をさせてもらった」と感謝は尽きない。

 海原はるかは「弟子入りした頃は礼儀作法に本当に厳しく、芸の世界で生きていく厳しさを、そして、人前では怒らない優しさを教えてくれた師匠でした」とコメント。海原かなた(68)も「我々の師匠ではありましたが、大阪の漫才界の一つの灯が消えて、またよき指導者を失いましたことは非常に残念」と故人を惜しんだ。

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2015年12月30日のニュース