十朱幸代 一時は車椅子生活も…困難克服「女優を取ったら何も残らない」

[ 2015年10月25日 10:55 ]

笑顔が魅力的な十朱幸代 

 いつまでも魅力的な女優の十朱幸代(72)。性格は「嫌なことはすぐに忘れてしまうので」と意外にも楽天的だ。5年前には両足首の手術を受けた。一時は車椅子での生活も強いられたが、半年間のリハビリで困難を克服。今は「舞台に立てる喜びをかみしめてます」と新たな輝きが増したようだ。

 やはり違う。若手女優にはないオーラが自然に漂ってくる。それが存在感。まさに“日本の女優”だ。映画、舞台、ドラマなど数々の作品で主演を張ってきた。これほどのキャリア。今、この人の心に女優という「職業」は、一体どう映っているのだろうか。

 「お芝居の役によって自分とは違う人物になれる、そして、その人の人生を生きることができる。新しい役が頂けるかぎり何度でも自分の知らない人生を歩めるんですから。それが一番の魅力ですね。女優って本当に退屈しない仕事、でも、それが特別だなんて思ったことはありません」

 きっと生まれた時から、目の前にスポットライトへのレールが敷かれていた人なのだろう。父親は小津安二郎監督の「東京物語」などにも出演した俳優の故十朱久雄さん。その影響もあって子供の頃から、映画や舞台、ドラマを身近に感じていたという。デビューは高校1年生の時、NHKのドラマ「バス通り裏」だった。
 今風に言えば“男前の女性”か。天性のポジティブ思考。しかし、華やかな表舞台の陰で、つらいこと、悲しい出来事も起きた。兄と妹の3人兄弟。すでに両親は他界しており、唯一の身内だった2人にも相次いで先立たれた。

 「父や母を送るのは、子供としては普通のことだと思ってました。年齢の順番ですからね。でも、兄も60代でしたし、3年前に亡くなった妹もそうだったですからね。若かっただけに余計にショックだったですね」

 そんな彼女を救ったのが、仲の良い高校時代の友人たち。今は時々、食事会を開いて気持ちをリフレッシュしている。今年4月には、数人の仲間と米国へも旅した。

 「集まるとすぐに学生時代の自分に戻れますからね。みんなで会うと気が休まるというか、緊張しないで自然になれるというか。とにかく、一番うれしい時間です」

 5年前に両足首を手術した。度重なる捻挫などでいつの間にか骨が変形し、芝居などのハードな動きがダメージを加速させた。一時は「二度とお客さまの前に立てないかもしれない」との不安がよぎったこともあった。それも水中ウオーキングなど懸命のリハビリで完治。

 「私から女優を取ったら何も残らないですからね。お芝居は同じ役を何度やってもその時、その時で新しい発見があります。今は舞台に立てることのありがたさを身に染みて感じてますね」

 来月は、東京・三越劇場で朗読劇「燃えよ剣~土方歳三に愛された女、お雪」(11日)、「華岡青洲の妻」(12日)を演じる。

 ◆十朱 幸代(とあけ・ゆきよ)1942年(昭17)11月23日、東京都出身の72歳。1958年、NHKドラマ「バス通り裏」で女優デビュー。サスペンス、時代劇など多数のドラマに出演。75年、芸術座の「おせん」で初の座長公演、その後、同劇場の顔に。87年、映画「夜汽車」で毎日映画コンクール主演女優賞。03年には紫綬褒章を受章。

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