演じ続け19年…五大路子、反戦の思い「ローザ」に重ねて
何やらきな臭い世の中になってきた。こんな時だからこそ、この人に会いたくなった。1人芝居「横浜ローザ」を演じ続ける女優の五大路子(62)。戦争に人生を翻弄(ほんろう)された白塗りの老娼婦(しょうふ)は果たしてどんな思いで生きていたのだろう。今年もまた、ローザの夏が来た。
戦後守り続けてきた大切なものが失われようとしている。「9条守れ」「安倍政権を許すな」の抗議行動。国民の声を置き去りにした強行採決は、恐れを知らない権力のおごり、それとも暴走か。人の命がいとも簡単に奪われていった時代。決してまた同じ道をたどってはいけない。残された人間は歴史から何を学んできたのだろうか。
「横浜ローザ」を演じて今夏で19年。「とにかく世代を超えて一人でも多くの皆さんに見ていただきたい。この芝居が“おじいちゃん、おばあちゃんの時代にはこんなひどいことがあったんだよ”と家族で話し合うきっかけになってくれればいい」。取り巻く環境は大きく変わろうとしているが、この人の願いは一つ、ぶれることはない。
作品のモデルとなった“ハマのメリーさん”の存在を知ったのは、忘れもしない91年5月3日のことだ。港まつりでにぎわう横浜の街で自分の向かい側に顔を真っ白に塗り白いドレスに身を包んだ不思議な女性を見つけた。高齢のためか少し猫背だったが、そのまなざしは実に凜(りん)としていた。
「その時、その目で“今まで私が生きてきたことをあなたはどう思うの?”と訴えかけられているような思いにかられました。不意に胸ぐらをつかまれたような衝撃を受け、彼女のことを自分で調べ始めたんです」
行きつけの美容室を探し出したこともあった。メリーさんはいつも同じ席に座っていた。ある日、心ない客からひどい言葉を投げつけられ、「私、きれいかしら」とひと言残し二度と店には姿を見せなくなった。そう説明する店主はどこか寂しそうだった。住民票もなく生活保護さえ受けられなかった。それでも自分のことは何ひとつ語ろうとしなかった。彼女の人生を真っ二つに切り裂いたのが、太平洋戦争だった。当初、舞台化に当たって、「あの時代を経験していない自分が果たして演じられるだろうか」と悩みに悩んだ。そんな時、背中を押してくれたのが、台本を手がけた故杉山義法さんだった。「メリーさんの後ろにいる何十万人という同じ思いをした女性の戦後史を僕と一緒に描こう」。少年時代に戦争を体験した作家の言葉に心の中の霧が晴れた。
終戦70年に当たる今年4月、ローザは初めて海を渡った。それも戦勝国の米国ニューヨーク。「この芝居をアメリカの人たちはどう感じるだろうか」。その思いは杞憂(きゆう)に終わった。終演後、15歳の少女が興奮気味に「ローザは私のヒーローになりました。どんな困難にも負けない彼女の生き方はこれから私の宝物にします」と駆け寄ってきた。戦争の悲劇とそれを乗り越える1人の女性のけなげでたくましい姿には、国境も言葉の壁さえもなかった。
「いいのよ何でも…!。今や私は伝説の娼婦。だったらいっそ伝説の中に生きてやろうと思って」(劇中セリフ)
「横浜ローザ」は8月13日から17日まで、横浜赤レンガ倉庫1号館で上演される。
素顔の五大はとても心優しく気配りの行き届いた女性だ。しかし、「私自身のことですか。よくサザエさんのようだねと皆さんから言われます。どこかおっちょこちょいでよく笑われてます。1時間一緒にいると分かると思いますよ」。
夫は、最近バラエティーでも人気の俳優の大和田伸也(67)。ドラマ「水戸黄門」で共演、それが運命の出会い。お互いに「自分の劇団を作りたい」で意気投合、「夢つながりだったんです」。面白いエピソードが続出。結婚当初、横断歩道で手をつなごうとしたら全く知らない人の手を握っていたこともあった。「ご家族が正面でお待ちです」。デパートで“迷子”になってこんなアナウンスを流されたことも。
自他共に認めるポジティブな性格。「夢は諦めない、必ず実現する」がモットー。周囲の人たちからの相談にも親身になってアドバイスしている。もうひとつ、「考え事は太陽が昇ってから、夜はいろいろ思い悩まない」。寝付きの良くない大和田からは「君と一緒になってこれだけは良かったよ」と冗談交じりに感謝されているとか。
長男の悠太(33)、次男の健介(24)はともに若手俳優の注目株。「小さいときに随分と絵本の読み聞かせをしましたね。感性だけは豊かだと思います」。大和田ファミリーを支える頼もしい!?母である。
◆五大 路子(ごだい・みちこ)1952年(昭27)9月22日、神奈川県出身。早稲田小劇場を経て新国劇へ。その後、テレビ、舞台など幅広く活躍。現在は「横浜夢座」の座長を務めている。「横浜ローザ」とともに「奇跡の歌姫 渡辺はま子」も各地で上演。「戦争の悲劇を繰り返してはいけない」と訴えている。
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