佐村河内氏 新垣氏に全面反論 やめようといわれたのは一度だけ…

[ 2014年3月7日 12:13 ]

会見で涙を見せる佐村河内守氏

 作曲家偽装問題の渦中にあり、「両耳の聞こえない作曲家」として知られた佐村河内守氏(50)が7日、都内で記者会見を開き関係者に謝罪した。

 注目すべきは18年間、ゴーストライターを務めた桐朋学園大非常勤講師の新垣隆氏(43)との関係だ。「自分は何年も前からプロとして活躍していた」と前置きし「私が設計図を書き、新垣さんが音符を完成させていた」から100%のゴースト作品ではないと主張。 さらに、新垣氏との関わり合いについて「2人だけの秘密であった」とし、「新垣さんが師匠にバレルのを恐れたのか、何故このタイミングで公表することになったのか疑問に思う」と続けた。トラブルの存在についても「ありません」と小声で答えた。

 新垣氏の師匠とされた音楽家の三善晃氏(享年80)が昨秋亡くなったことで「新垣さんの縛りがとれたのではないか」と持論を展開した。

 そして、「何度もこんなことはやめよう」と新垣氏が佐村河内氏に話したということに「全くウソです」と語気を強めて全面的に反論。「『一度だけやめましょう』と…つい最近のことです」と説明した。

 新垣氏へのギャラについて「間違いなく一度は首を横に振ります」とし、ギャラを吊りり上げると「う~ん」と渋い顔をし、「もう少しあげると、笑顔で『いいですよ』」と応じるという「2人だけの秘密」を暴露。「これが18年間やめようと言い続けた人のことか」と続けた。新垣氏の主張は他にも事実と異なる点があるとして、名誉毀損で訴える意向を明らかにした。

 さらに、当時コロンビアからの依頼があったため2曲だけお願いして応じてくれたとも。さらにその2曲のギャラは1曲300万であり、2曲で600万を支払ったとし、契約書の存在も明かした。

 また、新垣氏が佐村河内氏との関係をばらさないと「甘く見ていた」と発言したことについても「私自身が制御できない存在になり、むしろ恐怖を覚えていたのは自分である」と反論。ゴーストライターの存在についても「自分が見る見るうちに巨大化していき言い出せなかった。すみません」と謝罪の言葉を繰り返した。

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