「三丁目の夕日」の3D “飛び出す”より“奥行き”表現

[ 2012年1月22日 09:00 ]

撮影に使われた3Dカメラ。ハーフミラーを使い、カメラを二つを横に並べたのと同じ映像が撮れるようにしている

 昭和30年代の東京を描く映画「ALWAYS 三丁目の夕日’64」(監督山崎貴)が3Dで公開中だ。下町人情劇の人気シリーズに、アクションやSF映画の印象が強い3Dを持ち込んだ理由は何か?そこには、飛び出す映像を“感情移入のスイッチ”とする狙いがあった。

 スクリーンに生えた東京タワーの先端が、目の前まで伸びてきたような錯覚を覚えた。“地面”までの距離は本当に333メートルあるようだった。薄暮れの野原に飛び交う無数のトンボに驚いた。思わず手で振り払いそうになって「これは映画だ」と思いとどまった。

 山崎監督が「東京タワーとトンボは、映画を見に来た人へのお土産。最新の技術を楽しんで帰ってほしい」と力を込める。3Dが最大の立体感を見せた2つのシーンだ。確かに一見の価値ありの映像だ。しかし山崎監督はこの場面に“飛び出す迫力”で終わらない3Dの可能性を示唆する。「この不快感は意外と大切で、物語に入り込むスイッチになりうる」と期待する。夕暮れのトンボは、多くの人が原体験として持っている風景。心の奥に眠る切なさや、やるせなさを肌感覚で呼び起こす。東京タワーの場面も、未経験の高さに足がすくむ思いをした修学旅行の記憶がよみがえるかもしれない。

 国内では昨年11月の「一命」に続く2例目となる最新機材「3Dカメラ」を投入した作品だ。3D映像は、人間の脳が左右の目の“視差”を処理して距離を測る原理を応用したもの。2D撮影した映像を3Dに加工する従来の技法に対し、今回は撮影段階で右目用と左目用の映像を撮った。従来の方法は“背景”と“飛び出すもの”の単純な立体になりがちだが、山崎監督は「空間の奥行きは無限の段階がある。3Dカメラなら、それが表現できる」と胸を張る。

 トンボやタワーの「スイッチ(Switch)」を含め3つの「S」にこだわっている。2つ目のSは「Static(静止した)」。個人差もあるが、動きの激しい3D映像は脳が立体的に処理しにくいという。山崎監督は「むしろ静的なものでこそ3Dは効果的」と持論を展開。飛び出す迫力より、奥行きある空間づくりを重視した。

 3つ目のSは「ストーリー(Story)」。立体感は強調しすぎると、ドラマに入り込む妨げにもなる。「ドラマの起伏に応じて立体感に強弱をつけた」と山崎監督。情緒深い場面では抑えめにするなど最適の立体感を探り、142分間の物語全体に合わせた3Dプランを立てた。

 3Sが効果的に絡み合い「俳優と観客が同じ空間にいる感覚」がアップ。物語への感情移入に大きく貢献している。

 今回は「不快な感覚」をスイッチに物語に引き込まれた。だが「気持ちいい」スイッチも可能かもしれない。初恋のあの子と手が触れたドキドキや、ファーストキスなどの“淡い原体験”を呼び起こすスイッチがあれば“恋愛3D映画”もつくれそうだ。「ALWAYS」の挑戦は、3Dの新たな可能性を示すものかもしれない。

 ≪3作目になって小道具探しが楽に…≫シリーズの魅力であるセットと小道具へのこだわりも健在だ。前2作と同様、東宝スタジオ第9ステージ(1366平方メートル)いっぱいに「夕日町三丁目」が造られた。前作から5年後の設定で、建物の汚れなどに気を使ったという。画面に映らない、セミの抜け殻まで再現。懐かしの「昆虫採集セット」はコレクターから借り受けた。山崎監督は「3作目になり、そうした方とのネットワークもできてきた。1作目に比べれば楽になりました」と話す。08年に“引退”した新幹線0系は、映画の舞台である1964年(昭39)に走り始めたばかり。東京・青梅鉄道公園に展示された車両の横に、ホームのセットを組んで撮影された。

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2012年1月22日のニュース