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「日本映画界のドン」岡田茂氏逝く

岡田茂・東映相談役の自伝出版記念パーティーで森繁久弥さん(左)の祝辞を聞く岡田茂さん

 「人生劇場 飛車角」など多くの任侠映画や「仁義なき戦い」をはじめとする実録路線で一時代を築き、「日本映画界のドン」ともいわれた東映名誉会長の岡田茂(おかだ・しげる)氏が9日午前5時55分、肺炎のため東京都練馬区の病院で死去した。87歳。広島県出身。後発の東映をメジャー会社に育てた大立者で、その悲報は映画界に衝撃を走らせた。葬儀は東映の社葬と岡田家の合同葬の形で営まれる。

 終戦直後から60年以上にわたって映画界に君臨した「ミスター東映」が逝った。20年近く秘書として仕えた同社顧問の樋口保氏(70)によると、4月に肺炎を起こして入院。この日早朝、彰子夫人(85)、長男で東映社長の岡田裕介氏(61)、長女でコメンテーターとして活躍する高木美也子さん(59)、次女の大黒晴江さん(54)ら家族にみとられて眠るように息をひきとった。正午すぎに杉並区の自宅に無言の帰宅をすると、北大路欣也(68)や松平健(57)らから供花が届いた。

 加齢が原因で2年ほど前から足が弱り、視力も低下したことから車椅子生活を余儀なくされており、樋口氏は「そんな姿を社員に見せたくないと1年ほど前からは出社せずに自宅で療養を続けていた。男の美学だったんでしょう」と語った。

 東大経済学部卒業後の47年に前身の東横映画に入社し50年に日本戦没学生の手記「きけ、わだつみの声」でプロデューサーデビュー。51年の東映発足後は初代社長の大川博氏(71年没)に見込まれ、京都と東京の撮影所長を歴任するなど一貫して製作畑で活躍。美空ひばりと中村錦之助(のち萬屋錦之介)のコンビで「時代劇の東映」の地位を確固たるものにした。

 60年代、テレビの普及で映画界が斜陽化すると任侠路線に方向転換。鶴田浩二、高倉健(80)らを主役にした「人生劇場 飛車角」「昭和残侠伝」、藤純子(のち富司純子)主演の「緋牡丹博徒」シリーズなどをヒットさせ、東映の黄金時代を築いた。65年スタートの「銭形平次」などテレビ時代劇にも力を入れた。

 71年に社長に就任するとプロ球団「東映フライヤーズ」を日拓ホームに譲渡するなど合理化に努め、75年には京都太秦映画村をオープンさせるなど経営者としても手腕を発揮。映画では菅原文太(77)主演の実録もの「仁義なき戦い」を発表して話題を呼んだ。

 豪放らい落な性格で知られ、歯に衣きぬせぬ発言でも知られた。生きざまは中村雅俊(60)主演で「映画三国志」(日本テレビ、90年)のタイトルでドラマ化もされた。78年の日本アカデミー賞の創設にも尽力。その功績を称えて07年に「岡田茂賞」が設けられた。

 ◆岡田 茂(おかだ・しげる)1924年(大13)3月2日、広島県西条町(現・東広島市)生まれ。47年東横映画入社。51年の東映発足後、京都、東京両撮影所長を歴任し「仁義なき戦い」などのヒット作を世に送る。71年から93年まで社長を務めたあと会長、相談役を経て06年から名誉会長。78年から95年まで日本映画製作者連盟会長。95年に勲二等瑞宝章受章。著書に「悔いなきわが映画人生―東映と共に歩んだ五○年」など。

◇岡田茂さん葬儀日程
【通夜】 10日(火)午後6時
【葬儀・告別式】 11日(水)午前11時
【場所】 青山葬儀所=東京都港区南青山2の33の20=(電)03(3401)3653
【喪主】 妻彰子(あやこ)さん
【葬儀委員長】長男裕介(ゆうすけ、本名剛=つよし)氏

[ 2011年5月10日 06:00 ]

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