米で車横転事故、すずき監督夫妻が帰国

[ 2010年10月22日 06:00 ]

ロスから帰国したすずきじゅんいち監督(手前)と榊原るみ夫人(左)

 先月29日、米ラスベガス近郊で交通事故を起こして重傷を負った映画監督すずきじゅんいち氏(58)と妻で女優の榊原るみ(59)が21日、成田空港着の大韓航空機で帰国した。すずき監督は車椅子に乗り、ギプス姿。榊原は事故について「(すずき監督が)動かないので死んだと思った」と生々しく振り返った。2人は、23日開幕の東京国際映画祭に参加する。

 車椅子のすずき監督は左手にギプスを付け痛々しい姿。肋骨4本を骨折した胸には鉄パイプが巻かれており「運良く生き延びた。日本に戻れてうれしい」と語った。その後ろをしっかりした足取りで進んだ榊原も、骨折した中指に副木をあて包帯を巻いていた。
 事故が起きたのは9月27日午後2時ごろ。新作映画「442 日系部隊 アメリカ史上最強の陸軍」(11月13日公開)で取材した元兵士たちの同窓会に参加するため、監督が運転していた。榊原によると「ガクンという感じがした」といい、車はガードレールに接触。2回転ほど横転し、ひっくり返った状態で停止した。
 すずき監督は意識不明となり、後部座席の榊原は「彼に目をやると血で頭が濡れて全然動かなかった。死んだと思った」と壮絶だった状況を振り返った。監督はヘリコプターでラスベガスの病院に搬送され、集中治療室で緊急手術。右耳上頭部の裂傷や肋骨と左手などの骨折、肺打撲などで約1週間入院した。
 榊原は全身打撲と左手骨折。入院はしなかったが「事故後1週間くらいは事故がよみがえって、体の震えが止まらなかった」と“後遺症”を明かした。事故原因はネバダ州警察が調べている。
 自宅はロサンゼルスにあり、監督は通院しながらリハビリ中。「体力が相当落ちている」というが、医師の許可を得て映画祭参加を決めた。「欠席すると迷惑も掛かる。映画も多くの人に見てもらいたい」と映画祭にかける思いを語った。
 23日のグリーンカーペット、「日本映画・ある視点」部門に正式出品されている「442…」の上映会(27日)に出席予定。榊原は「奇跡的に神様から命をもらった。これを人生の転機に頑張りたい」と前向きに語った。

 ◆すずき じゅんいち 本名鈴木潤一。1952年(昭27)5月21日、神奈川県茅ケ崎市出身。東京大学文学部卒業。75年に日活入社。81年、ロマンポルノ「婦人科病棟」で監督デビュー、84年フリーに。おもな監督作は89年「砂の上のロビンソン」95年「スキヤキ」02年「ひとりね」など。

 ◆榊原 るみ(さかきばら・るみ)1951年(昭26)3月5日、東京都出身。3歳からモデルで活躍。71年の映画「男はつらいよ 奮闘篇」にマドンナ役で出演。79年に会社員と結婚、81年に長女を出産。99年に離婚し、01年にすずき監督と再婚。長女の松下恵は女優として活躍。

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2010年10月22日のニュース