猛虎人国記

猛虎人国記(49)~福島県~ 移籍後の変身で「特別賞」 古溝

[ 2012年3月27日 06:00 ]

 古溝克之は映画『男はつらいよ』の寅さんに似ていることから「トラさん」と呼ばれた。オリックス時代、相手に点を「取らさん」と書いた先輩記者は「このだじゃれは本人も気に入っている」と話していた。

 福島商3年春夏と甲子園に出場。社会人・専売東北(現JT)から1984年(昭59)のドラフト2位で阪急入りした。4年目88年に10勝。だが球団買収でオリックスに代わった89年以降は5年間で2勝と沈んでいた。

 阪神に来たのは94年。渡辺伸彦(現打撃投手)との交換トレードだった。移籍1年目から大活躍した。故障の田村勤に代わる抑えのエースとして7勝(2敗)18セーブをあげた。7月度月間MVP。オフにはセ・リーグ会長特別賞を受けた。移籍での華麗な変身が評価された。「身に余る光栄です。プロ野球選手としての証しが残る。うれしい」と大いに喜んだ。

 翌年はオールスター戦にも出場。99年限りで阪神を自由契約。阪急時代の恩師、上田利治が監督の日本ハムに移り、現役を終えた。

 福島商には作曲家の古関裕而も在籍していた。22年(大11)入学。商業学校に進んだのは家業の呉服店を継ぐためだったが、作曲に夢中になった。阪神球団創設初年度の36年、今では通称「六甲おろし」で通る球団歌「大阪タイガースの歌」(61年球団名変更で「阪神タイガースの歌」と改称)を作曲している。

 吉田康夫は日大東北入学時は三塁手。強肩を買われ、捕手に転向した。甲子園経験はない。社会人・三菱自動車川崎に進み、84年ロサンゼルス五輪日本代表で金メダル獲得。迎えた同年11月のドラフトでは指名がなかった。特に巨人は事前に「外れ1位か2位」と上位指名を確約しながら指名せず、ドラフト外で入団を打診。「約束が違う」と拒否した。1年後、阪神がドラフト5位で獲得した。

 阪神では木戸克彦、嶋田宗彦に次ぐ貴重な捕手だった。時に先発起用され、好リードと強肩を見せた。97年限りで引退し98年から育成、2軍コーチ、04年から1軍のブルペン、バッテリーコーチとして指導にあたる。

 丸山一男は喜多方商の投手。2リーグ分立の50年、2軍に在籍した。松井達徳は学法石川で83年夏に甲子園出場。法政大から日産自動車を経て中日入り。自由契約となった後、阪神で2年間を過ごした。

 ドラフト2位の新人、歳内宏明は兵庫県尼崎市出身。聖光学院では2年夏、スプリットフィンガードファストボール(SFF)を武器に甲子園出場。広陵、履正社を破り、注目を浴びた。3年となった昨年夏の甲子園でも快投。同校初のプロとなった。=敬称略=

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