 |
ホークスナインによって胴上げされる王監督。故根本球団社長の遺影に、球団関係者はまた涙した
Photo By スポニチ
|
【ダイエー5−4日本ハム】大阪から福岡へ移って11年。1973年(昭48)に前身の南海が優勝して以来、26年ぶりにホークスがパ・リーグの頂点に立った。
福岡ドームでの日本ハム26回戦。キャプテン秋山幸二右翼手の13号先頭打者本塁打に始まり、7回には4番・小久保裕紀三塁手の24号同点ソロ、8回に“サヨナラ男”井口資仁遊撃手の14号勝ち越しソロが飛び出し、投げては篠原貴行、ロドニー・ペトラザの必勝リレーで逃げ切った。
就任5年目で悲願を達成した王貞治監督。巨人監督として87年のリーグ優勝はあるものの、試合に勝って宙に舞ったのは指揮官として初めての経験だった。
「屋根はあっても、格別だね。この広い宇宙に1人だけという思い。巨人では優勝するのが当たり前のようだったから、今回は10倍以上の味がした」。背番号「89」は心からの笑顔を見せた。
Bクラスに低迷するチームにいらつき、ファンに生卵を投げつけられたこともあった。
99年のシーズン前の1月、王監督は前監督でもある根本陸夫球団社長に、選手の目の前で言われた。「なぜ構える。思い切りぶつかればいいんだ。世界の王じゃない。お前は特別な人間じゃない。そう思えば楽だろう」。根本にはいまだに、背番号「89」ではなく、背番号「1」を背負っている巨人の王が気になっていた。
このひと言がきっかけになった。小久保、井口、城島健司捕手…、若手ながらチームの主力の選手との会話が増え、勝利という共通の目的に向かって何をすべきか、自然と同レベルで語り合うようになった。根本が突然他界する3カ月前、チームは一つになりつつあった。
根本が待ち望んでいた優勝を見せられなかった無念の思いは、ゴールデンウイーク明けに爆発。5月9日、西武に3連勝して首位に立つと、7月に1日だけロッテに譲ったものの、後はトップを走り続けた。
歓喜の胴上げの輪に、1枚の遺影も加わった。ユニホーム姿の根本の写真を山口マネジャーが高く掲げた。話が根本のことに移ると、満面の笑みだった王の顔がゆがんだ。「ただただ一緒に喜びを分かち合いたかった」。グラウンドで決して涙を見せなかった王の目が真っ赤。“福岡”ホークスの礎を築いた男のことを思うと胸が締め付けられる思いだった。
本社の業績悪化で90年代半ば以降、球団はいつ身売りしてもおかしくない状況だった。その苦境を一瞬忘れるかのようにナイン、関係者は祝勝会でシャンパン300本、ビール800本を15分で頭から浴びて空にしてしまった。