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これが伝説のスーパーキャッチの瞬間。フェンスが高くなる傾向の現在の球場ではなかなか見られないプレーだ
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【阪急3−1ロッテ】観客6000人。消化試合にも等しいナイターで“米野球殿堂入り”したスーパープレーが飛び出した。
西宮球場での阪急−ロッテ後期11回戦1回表、ロッテの2番・弘田澄男中堅手が阪急先発の山田久志投手から放った打球は左翼へ高々と舞い上がった。左翼は熊本工高から78年ドラフト4位で入団した3年目の山森雅文。レギュラーではなかったが、“福本2世”と呼ばれ守備と足は卓越したものがあった。
打球は見なかった。バットに当たる音で「ホームラン性の打球」(山森)と分かったからだ。ラッキーゾーンがある金網フェンスまでいち早く達し、自然に右足を金網にかけ、その勢いで左足をフェンス上のバーに乗せた。
上空を見上げると、すぐそこにボールが落ちてきた。ラッキーゾーンの中にグラブを差し出しキャッチ。先制本塁打のはずが、弘田の記録は単なる左飛に終わった。
軽業師のようなプレーをいとも簡単に見せたのには、日々の努力の賜物だった。福本豊ら走攻守のレベルが高い阪急の外野陣の中で、1軍の試合に出ようと思うなら得意の守備を磨かなければならない。打者が打った音だけでどこに飛ぶかを予測、球際に強くなるためフェンスに駆け上がる練習を繰り返し、何歩で達するかも研究していた。だから「練習の延長のようなプレー」と、自分ではスーパープレーという意識は薄かった。それより「次の日、弘田さんに、オレの数少ないホームランを捕りやがって、って怒られた」ことの方がよく覚えていた。
それから2年後。「そんなプレーをしたことすらすっかり忘れていた」という山森に朗報が届いた。米大リーグコミッショナー事務局が山森の“ホームランキャッチ”をベストファインプレー賞として表彰するというもので、今後そのパネル写真を米ニューヨーク州クーパーズタウンの野球殿堂に飾り、日常的に映像を流すと伝えてきた。米NBCテレビがこの時の映像を入手して放映、全米で話題になったのがきっかけだった。
「16日」は山森にとってラッキーデーのようで、85年6月16日、松江で行われた同じくロッテ12回戦の9回裏、仁科時成投手から左中間へ逆転サヨナラ満塁本塁打を放っている。
94年に引退。その後は日本ハム、オリックスで守備走塁コーチ。伝説のプレーとして、いまだにテレビ番組で取り上げられることも多い。
最近は地方球場でもフェンスが高い。“殿堂入り”レベルの守備を目の当たりにするチャンスが少なくなったことは残念でならない。