日めくりプロ野球5月
【5月29日】1976年(昭51) 巨人初の大リーグ助っ人投手ライト あだ名は“クレイジー”
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杉下投手コーチ(右)の指示もふてくされながら聞くライト(左)。周囲は扱いづらい外国人に四苦八苦した
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【巨人6−3大洋】来日から約3週間。巨人軍創立43年目にして、初めてメジャーリーグ出身の外国人投手が後楽園のマウンドに登った。元エンゼルスの通算100勝左腕・クライド・ライト投手は、大洋11回戦に先発。5回3分の2を投げ、4安打3三振5四死球2失点で初勝利を挙げた。
ストレートは130キロ台。それほど脅威ではなかったが、スクリューボールが右打者に有効だった。これにカーブ、スライダー、シュートを織り交ぜ、打たせて取る投球をみせた。メジャーのプライドが顔をのぞかせたのは初回、ジョン・シピン二塁手との対戦。日本では実績のあるシピンもパドレスで1年、しかも控えのマイナー選手。見下したライトはインコースにズバッと直球を投げ込み、見逃し三振に仕留め、格の違いを見せつけた。
前年最下位の巨人のサウスポーは実質的に新浦寿夫投手だけ。助っ人左腕の好投に「きっちりローテーションに入っていける。ウチのラッキーボーイになってくれそうだぜ」と、V1を狙う長嶋茂雄監督は手放しで喜んだ。
「きのう寝る前に5回まで投げられればいいと思っていた。吉田(孝司捕手)のサインも良かったし、思い通りの投球ができた。王さんが本塁打を打ったとき、泣きたいくらいうれしかった」。殊勝なコメントを述べ、「巨人軍の選手は紳士であれ」の教えを忠実に守る優良助っ人、のようにみられた。
が、それも束の間。自称“テキサスの牧童”は日に日に本性を表し始めた。付いたあだ名が“クレイジー・ライト”。大好きなコーラを飲んで笑っていたかと思えば、急に口汚い言葉を連発し、周囲にかみつき、手に負えない存在になった。
ライトは後楽園に程近いホテルにしばらく住んでいたが、どこで調べたのか「赤坂にいいホテルがあるだろ?そこにしてくれ」と“引越し”を要求。多摩川での練習にはほとんど参加せず、登板のない日は専ら繁華街が“マウンド”。
ある日、来日していたドイツのホッケーチームのメンバーとケンカになり、赤坂のディスコで大立ち回りを演じたこともあった。ヤクルトに在籍していたチャーリー・マニエル外野手と口げんかになり、マニエルに殴りかかったライトが逆に殴り返されたこともグラウンドの外であったという。
初登板こそ、素直にマウンドを降りたが、それも最初だけ。同点の場面で交代を告げられると、ライトはベンチ裏のロッカーに戻るなり、巨人のユニフォームをビリビリと切り裂き、それを風呂の湯船の中に捨ててしまった。
「ジャイアンツはオレをコケにするのか。まだ逆転されたわけじゃないのに何で交代させるんだ。こんなところでベースボールはできない。アメリカに帰る」と大暴れ。監督室にジュースのビンを投げつるわ、杉下茂投手コーチの言葉を伝えた通訳の首を絞めつけるわでライトの交代シーンは、巨人ベンチに毎回緊張が走った。
1年目は8勝、2年目は11勝と戦力としては計算できたが、35歳となった78年は左肩痛により開幕から2度戦線離脱。夏場まで3勝と成績は上がらなかった。
7月10日、神宮でのヤクルト14回戦は巨人の外国人選手が“大暴れ”した1日だった。この年から加入したシピンが死球に怒り、乱闘騒ぎを起こし退場。先発のライトも乱調で降板を命じられると、大荒れで荷物を置いたまま帰宅。堪忍袋の緒が切れた巨人は、ライトと縁を切り退団させた。
その後、判明したが当時ライトはアルコール依存症だった。帰国後、メジャーには復帰せず、治療に専念。後にピッチングスクールを開校し、子どもたちの指導にあたった。その教えを受けたのが息子のジャレット・ライト。MAX155キロの右腕投手は、94年にインディアンスにドラフト1位指名された。03年にはブレーブスで15勝をマーク。チームの地区優勝に貢献した。
そんな出来のいい息子を、ケンカ別れした巨人に売り込むために来日したこともあった。年齢ととともに性格は穏やかになったのだろうか。巨人ファンの記憶にある意味で強烈に残る外国人選手だった。
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