日めくりプロ野球5月
【5月26日】1962年(昭37) 鶴岡“親分”監督休養「指揮官が悪い部隊は全滅する」
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59年、南海が巨人に4連勝し、悲願の日本一を達成した鶴岡一人監督(右)は蔭山選手兼任コーチ(左)とともに、チャンピオンフラッグを手に後楽園球場を一周した
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【南海5−4大毎】2リーグ分裂後の12シーズンで優勝と2位しかない、名門・南海ホークス(現ソフトバンク)を指揮して17年目。鶴岡一人監督が、突然、休養宣言をした。開幕から34試合で8勝25敗1分。首位東映(現日本ハム)とは早くも15ゲーム差をつけられ、最下位を“独走”していた。
「軍隊式に言うなら、悪い指揮官のいるチームは全滅するということだ。事実僕の作戦が悪かったのがこの成績となった。今後、当分の間野球を離れてみたい」と、次期監督と目されていた蔭山和夫守備コーチを代理監督にして後を託すと、大毎6回戦の采配はふるわずに大阪球場を後にした。
深夜、南海が逆転で大毎を倒し連敗を3で止めるとの一報が親分の耳に入ると、すかさず電話の受話器を取り「僕の勝手で蔭山君に苦労をかけてすみません。勝ってよかった。もう少しの辛抱です」と蔭山代理監督夫人に礼を述べた。
鶴岡の休養の伏線はシーズンオフからあった。南海は61年、巨人との日本シリーズを2勝4敗で落とすと、鶴岡は大型打線のチームから機動力重視のチームに体質改善しようとした。中軸を打っていた杉山光平外、長谷川繁雄両外野手をそれぞれ阪急、中日へトレード。中日から俊足の井上登内野手を獲得するなど、大胆なチーム解体に走った。
しかし、シーズンに入ると新しい打線が機能せず、前年右腕の血行障害で戦線を離脱したエース杉浦忠投手も故障で投打とも計算通りにならなかった。開幕2連勝もその後は6連敗、8連敗、5連敗と黒星街道。初めてと言っていいほどの屈辱にダメを押したのは、5月24日の阪急6回戦(西宮)だった。
阪急先発の足立光宏投手に日本記録(当時)となる17三振を食らい0−4で完封負け。後に日本シリーズで通算9勝を挙げた足立はそのころ、ローテーションの谷間で投げる若手投手の一人で、実績のないピッチャーに簡単にひねられたことで鶴岡は一気に戦意を喪失。その2日後に蔭山へ指揮権を移譲した。
指揮官として失敗したことを嘆いていた鶴岡だが、人を見る目は確かだった。沈着冷静な蔭山代理監督は派手さはなくても、その作戦、投手の継投策は的確で6月26日の近鉄10回戦(大阪)から11連勝。蔭山は8月7日までに34勝を挙げ、気が付けば南海は借金を完済。3位に躍り出ていた。
このタイミングを見計らって、蔭山は鶴岡に言った。「みんな待ってます。もう復帰して下さい」。いずれはチームの力が充実したときに蔭山に禅譲するつもりだった親分が、不始末を子分に処理してもらった上に、戻ってきてくれと頼まれた。鶴岡は恥ずかしくもあったが、まだ慕われていることがうれしかった。
8月8日、大阪球場での阪急とのダブルヘッダーで親分は帰って来た。「新米監督ですから、お手柔らかに」と阪急ベンチにあいさつ。1勝1敗で復帰戦を終えた。英気を養った鶴岡は残り試合を38勝22敗で終え、最終的に南海は2位に入り、13シーズン連続Aクラスとなった。
鶴岡は64年日本一、65年リーグ優勝を花道に蔭山に今度こそ、正式に監督の座を譲った。しかし、その蔭山は65年11月18日に急死。サンケイ(現ヤクルト)か東京(現ロッテ)か、いずれかの監督に就任するつもりだった鶴岡は蔭山の霊前に再復帰を誓い、66年ホークスをリーグ3連覇に導いた。68年を最後に監督を勇退。以後、どんなに他球団から誘われても南海以外のユニホームに1度も袖を通さなかった。
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