日めくりプロ野球12月
【12月22日】1998年(平10) 松坂人気年末も続く 入団会見生中継させて
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300人近い報道陣が殺到した松坂の西武入団発表。入団から9年で西武の松坂から世界の松坂へと飛躍した
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11月20日のドラフト会議で相思相愛の横浜ではなく、3球団競合の末、西武入りが決まった横浜高・松坂大輔投手への取材攻勢は年末になっても収束の気配をみせなかった。同校の渡辺元智監督の机には数百件の取材依頼書が山積みのまま。混乱を恐れた西武はこの日、楠城徹スカウト部長らと球団広報担当者が横浜高校を訪れ、今後取材窓口を球団に一本化することで合意した。
その最大のヤマが12月28日に予定されている東京プリンスホテルでの単独入団発表。初交渉の際には200人を超える報道陣が殺到したが、85年の清原和博内野手以来13年ぶりとなる球団史上2人目の新人選手単独入団発表にテレビ各局が生中継、生出演を打診。「できれば単独で」と各局、特にワイドショーの鼻息は荒かった。西武側は「テレビでの単独は難しい」と大物独占にクギを刺し、ニュース番組で扱うことなどを要望した。
結局、会見はニッポン放送と文化放送のラジオ2局が生中継。その後松坂は、10分ずつの割り当てでテレビ、ラジオ局に出演。計10局2時間近く、ほとんど同じことを聞かれ、答えた松坂はヘトヘト。集まったテレビカメラは16台、報道陣は計268人以上に達した。
「清原の時よりすごいな」と舌を巻いたのは、浦田直治球団本部長。巨人にフラれ、涙を見せた清原が心機一転して入団を決めた時の会見では、テレビカメラは7台、報道陣は約200人だった。
ライオンズの次世代を担うスターの入団に西武のエースも刺激された。取材窓口の一本化が協議されている頃、球団事務所では西口文也投手が契約更改。1億800万円でサインしたが、“開幕投手は松坂”という一部の声に「松坂君に開幕投手を取られないように頑張りたい」と、先輩としてのプライドをみせた。
2年連続オープニングゲームで先発してきた西口。99年はどうしても3年連続で投げたかった。というのも、本拠地がドーム元年を迎えるからだった。ドラフト1位、甲子園春夏優勝投手…、3位入団で甲子園の土すら踏めなかった西口にとって松坂の球歴はまぶしすぎた。だからこそ、プロ5年目のシーズンは高校出の1年生に負けるわけにはいかなかった。
コールデンルーキーの存在をを意識し過ぎたのかもしれない。99年のキャンプ、オープン戦から西口は不調が続いた。3月14日甲子園での阪神戦では3回9失点。「このままじゃ通用しない」と東尾修監督に開幕投手失格を言い渡されたこともあった。しかし、ここから持ち直したのはさすが。4月3日、対ダイエーの開幕戦。過去開幕戦2連敗の西口は、144球を投げ被安打4の快投。9回裏、河田雄祐外野手の一塁内野安打でサヨナラ勝ちを収めた西武が1−0で勝利。西口は開幕戦で完封勝利を収めた。
その4日後の日本ハム2回戦(東京ドーム)でプロ初登板初先発した松坂もプロ1勝目を挙げた。
99年、優勝を逸した西武だが松坂は16勝、西口も14勝。2人で計30勝はチームで挙げた75勝の4割を占めた。以後、ライオンズ投手陣はこの2人を中心に回り、松坂が抜けた07年、片翼がなくなった西武は西口も9勝11敗と13年目で初の負け越しとなり、26年ぶり5位に転落した。
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