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日めくりプロ野球09年6月

【6月11日】1989年(平元) 誰も想像できない…落合博満8年ぶりの送りバント

“歴史的”?な落合の送りバントのシーン。外角低めの球だったがうまく対応し、申し分のない犠打だった
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 【中日6−3広島】7回、2点リードで迎えた、無死一、二塁の中日のチャンス。打席には4番落合博満一塁手。試合を決めるにはまたとない千両役者が登場し、年に1回しかドラゴンズの公式戦が見られない静岡・浜松のファンには最高の場面となった。

 前の打席では広島・長冨浩志投手から右中間へ技ありの10号ソロ本塁打を放った。いつもの間合いで打席に入ると、紀藤真琴投手の初球を待った。

 外角のややボール気味のストレートだった。バットを長く持っていた右手を、マークが刻印されている位置に持ち替えると、なんとバントの構え。信じられない光景に広島内野陣の対応は遅れた。

 投手前に転がると、紀藤が猛ダッシュ。一塁はアウトになったが走者は二、三塁に。ロッテ時代の81年以来となる天才打者の送りバントに、三塁側ベンチは大ウケ。“ヤジ将軍”小松崎善久外野手は脱帽して、最敬礼で背番号6を迎えた。

 主砲の犠打に燃えたのが5番の宇野勝遊撃手。初回、2点を先制されるきっかけを作ったエラーをした張本人だった。低目を突く広島バッテリーの徹底した攻めに負けず、右翼へ6点目となる犠飛。連夜の逆転勝利で中日は3位に浮上した。

 「送りバント?そんなこと聞いたってしょうがないでしょ。サインじゃないよ。自分で勝手にしただけ。ホームラン?あれも振ったら当たっただけ」。相変わらずの“オレ流”のコメント。しかし、8年ぶりの“珍事”にはわけがあった。

 前の打席で本塁打を放っていた落合だが、フルスイングをしたというより軽くミートしただけ。狭い広島市民球場だからこそスタンドインした打球だった。というのも「腰が痛くて痛くて…。バットが振れないんだ」とトレーナーら関係者にはこぼしていた。送りバントのシーンは、もうバッターボックスに立っているだけでもつらい状態。バットを振れない分、なんとかチームに貢献しようという精いっぱいのチームプレーだった。

 5月28日、地元での巨人戦の後、広島、東京、大阪と転戦。名古屋に帰ったと思ったら、1日で浜松へ。疲労はピークに達しており、腰の具合は日に日に悪化していた。「もう梅雨だろ?雨降らないのかなあ。疲れたよ」と試合前に空を眺めていたこともこの時期よくあった。打撃練習もせずに試合に臨むこともしばしば。中日移籍3年目はつらい毎日だった。それでも落合は移籍後初めて打撃3部門の中で打点王(116打点)を獲得。2年連続で勝利打点は1位。パ・リーグ3度の三冠王の意地をみせた。

 落合の生涯義打数は4。セーフティーバントはあったものの、送りバントこの日の1本が最後だった。落合が尊敬する巨人・長嶋茂雄三塁手は生涯犠打5。安打数でも100本及ばなかったが、犠打数も1本ミスターに及ばなかった落合だった。

1989年6月11日 中日−広島9回戦 浜松 広島5勝4敗
 
1
2
3
4
5
6
7
8
9
 広  島
 中  日
投 手
 広  島 ●長冨(6勝2敗)、紀藤、白武−達川、植田
 中  日 山本、○鈴木孝(1勝)、杉本、鹿島、S郭(1勝3S)−中村、大石
 
本塁打 宇野11号、落合10号(中)ロードン10号(広)
三塁打 音(中)
二塁打  
広 島  8安打10三振4四死球 0盗塁1失策7残塁
中 日  7安打9三振5四死球 0盗塁1失策7残塁
球審・平光  試合時間3時間34分  観衆1万8000人
  

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