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日めくりプロ野球09年8月

【8月26日】1997年(平9) 自ら申し出た…落合博満、16年ぶりの6番打者

日本ハム時代の落合。優勝請負人としてのファイターズ入りだったが、98年は優勝目前で西武に逆転された
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 【西武7−2日本ハム】「5番、指名打者ウイルソン」。試合開始30分前、東京ドームでスターティングメンバーが発表された際、その男の名前は日本ハムのクリンアップになかった。

 「6番、ファースト落合」。“指定席”の4番から後退すること2つ。ようやく落合博満の名前がコールされた。大きなどよめきこそなかったが、スタンドはなんとなく落ち着きのない雰囲気が漂った。

 プロ19年目の落合が4番はおろか、クリーンアップから名前が消えるのはなんと16年ぶり。6番を打つのはロッテ時代の81年9月23日の対近鉄後期11回戦(川崎)以来だった。

 22日のオリックス戦で左手薬指を脱きゅうし2試合欠場。この日が復帰戦となったが、それまでの4番ではなく上田利治監督は6番での出場を決めた。

 “落合降格”に報道陣が試合終了後、背番号3を囲むと、いつもの気だるい調子で口を開いた。「(6番は)オレから監督に言ったんだ。監督が気を使っているみたいだったからな。4番じゃ、痛くなって交代した時に打線がメチャクチャになっちゃうしな」。

 左手の痛みはまだ残っていた。そのため、自らチームのことを考えてと落合は説明した。しかし、それは「4番を打つのは野球選手の中でスーパーマン」と自負し、その座にこだわりを持ってきた男の言い分としては納得のいかないものだった。けがをしても不調でもバットを握っている限り、落合が自ら“聖域”から外れると言ったことは決してなかった。その代わり“聖域”に居続ける以上、見合う結果を出してきたのも自分の中での密かな誇りだった。

 この日の落合は4打数1安打。3打席目に技ありの右前打を放った。それでも打率は2割6分3厘、本塁打はわずか3本、というのがシーズンの成績。けがをしたこともあったが、数字が物語るように落合が主砲としての自信が揺らぎ始めていたことは確かだった。

 翌27日の西武23回戦でも6番を打ったが、28日の同24回戦ではとうとうスタメンから外れた。以後、7番として出場したこともあった落合。シーズン終了時の打率は2割6分2厘。打撃成績28位は規定打席をクリアしてきた17年の中で最低の順位だった。「1年でも長く野球選手をやるため」と巨人を飛び出し、日本ハムに骨を埋めるつもりで移籍した1年目は、皮肉にも衰えをはっきり認識したシーズンとなってしまった。

 そして引退した98年。落合がスタメンで出場した試合は計46試合。うち4番は14試合、6番は最多の28試合だった。奇しくも落合の名前を全国に知らしめた81年の首位打者獲得のシーズンも6番での出場が58試合と最多だった。

 周囲から何を言われようと、“オレ流”を通して、三冠王3度という誰にも真似の出来ない成績を残してきた孤高のスラッガーは、やはり4番が一番似合った。落合の4番での出場は1734試合。実に全試合の約78%で主砲として相手チームににらみをきかせたのだった。

 

  

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