日めくりプロ野球08年9月
【9月20日】1987年(昭62) 小早川、サヨナラ本塁打!怪物・江川、初めて野球で泣く
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広島・小早川毅彦にサヨナラ本塁打を打たれガックリする江川卓投手。プロ9年間でサヨナラアーチは2度しかないがいずれも広島市民球場という因縁の場所だった
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【広島3−2巨人】打球がカープファンで埋まった右翼席に向かって美しい弧を描いた。白球の行方を追うマウンド上の“怪物”の目は驚きから哀願、そして落胆へと変わった。
ヒザからマウンドに崩れ落ちたまま動けない巨人・江川卓投手。二塁走者の広島・高橋慶彦遊撃手に続き、足早にダイヤモンドを1周したのは、法政大の後輩、小早川毅彦一塁手。プロ9年目で2本目のサヨナラ被本塁打は、同時に投手・江川の投手生命に終わりを告げるものだった。
何を聞いても無言だった。その表情をうかがうと明らかに涙があふれ出ていた。高校時代、最後の夏の甲子園で押し出し四球をだしてサヨナラ負けをした後も泣かなかった“怪物”が目を真っ赤にして、とめどなく流れる熱いものをぬぐっていた。「今年一番の出来だった?」との問いかけに、うなずくだけの江川に代わって、女房役の山倉和博捕手が答えた。「小早川への最後の1球は外角を狙ったストレートが真ん中に入ってしまった。江川は今年最高のボールを投げていた(一塁が空いていたから)小早川を歩かせる?それは結果論でしょ」。
ちょっとやそっとのことでは人前で涙を見せない江川が人前はばからず泣いたのは、同年11月の引退会見で明らかにしたように「来年はもう自分の肩は上がらないし、投げることは出来ない」と思ったからであった。入団4年目から右肩痛に悩まされ、針治療を続けてきたがそれも限界に近づいてきた。登板回避を考えていた江川だが、巨人は4年ぶりの優勝が間近に迫っていた。投げないわけにはいかない。そこでこの1試合に江川は賭けた。江川の説明によると、腫れていた肩甲骨の裏に針を打つことは「もうピッチングができなくなるということ。今年で終わってしまうことになる」ことを意味した。
だから9回、完投勝利目前で江川はストレートにこだわった。それが投手・江川卓としての美学だったからだ。小早川に打たれるまでの17球はすべて真っ直ぐ。1番・正田耕三二塁手は三直、代打の長内孝内野手は3球三振。近年全く見かけなくなった、江川のストレート一本勝負は、鬼気迫るものがあった。3番・高橋慶も一塁へのボテボテのゴロ。これで終わりのはずだった。しかし、中畑清一塁手からベースカバーに入った江川へのトスは左へそれて内野安打に。運命は変わった。
「ストレートで締めくくるはず。江川さんなら最後の最後は強気のピッチングをする…」。小早川は先輩・江川の“ウイニングボール”をそう読んだ。7回、20号ソロ本塁打を打った時はカーブだったことも伏線としてあった。カウント2−2。案の定1球も変化球はなかった。追い込まれてはいるが、小早川に迷いはなかった。結果的に江川から放った4本目のアーチが「憧れを越えて尊敬する先輩」に引導を渡すことになった。
実は江川、この広島戦以降も公式戦で3試合、日本シリーズでも1試合に登板。9月27日の阪神26回戦(最終戦、後楽園)では、7回5安打8奪三振1失点で13勝目、通算135勝目を挙げている。針治療の件はその後さまざまな物議をかもしだしたが、それはともかく、昭和の怪物として騒がれた江川が投手としてピリオドを打つ決意をした試合が広島市民球場での一戦だったということには変わりはない。その市民球場も08年のシーズン限りでで半世紀の歴史に幕を閉じる。数々のドラマの舞台が年々消えていくのは、プロ野球ファンにとって寂しい限りである。
| 1987年9月20日 | 広島−巨人21回戦 | 広島市民 | 8勝8敗5分 |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
計 |
|
| 巨 人 | 0 |
0 |
0 |
1 |
0 |
0 |
0 |
1 |
0 |
2 |
| 広 島 | 0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
1 |
0 |
2 |
3 |
| 投 手 | |
| 巨 人 | ●江川(12勝5敗)−山倉 |
| 広 島 | 金石、清川、○白武(4勝3敗1S)−達川 |
| 本塁打 | 小早川20、21号(広) |
| 三塁打 | |
| 二塁打 | 篠塚、鴻野(巨) |
| 巨 人 10安打5三振0四死球 0盗塁0失策6残塁 | |
| 広 島 5安打7三振1四死球 1盗塁0失策2残塁 | |
| 球審・岡田 試合時間2時間13分 観衆2万2000人 | |
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