【内田雅也の広角追球】元甲子園監督がたどり着いた新天地 宮崎サンシャインズ・神前俊彦コーチの流転

[ 2023年1月26日 14:01 ]

会見を終えた宮崎サンシャインズ・神前俊彦コーチ(中央)。左は小林亜由良投手、右は田中大豊外野手(26日、宮崎市のホテルきよ武)
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 【内田雅也の広角追球】独立リーグ、九州アジアリーグに新規加入した宮崎サンシャインズが26日、宮崎市内で初の記者会見を開いた。神前俊彦(66)はコーチとしてあいさつした。

 「大好きな宮崎で大好きな野球をとことん追求して頑張りたいと思っております」

 宮崎は新天地だった。昨年秋までは何の縁もなかったが、野球に取りつかれた男が流れ流れてたどり着いた土地だった。

 神前と言えば、母校の大阪府立春日丘高を率いて1982(昭和57)年夏、同年春の選抜優勝のPL学園など強豪を連破して初の甲子園出場に導いた監督として知られる。当時の合言葉をタイトルにした著書『やればできるぞ甲子園』が出版されると話題となり、高校野球指導者のバイブルと呼ばれた。情熱と困難を創意工夫で乗り切る指導には定評がある。

 その後、勤務していた超大手企業を早期退職し監督業に専念してきた。

 春日丘高監督を退いた後、2016年から京都共栄学園高の監督として京都・福知山に単身赴任。昨年の秋季大会まで指揮を執り、任期満了で退任となった。

 昨年8月29日、京都共栄を去る最後のミーティングで選手たちに言った。「私の座右の銘は“死ぬまで挑戦”。この姿勢に変わりはありません。私は去りますが君たちも挑戦する気持ちは持ち続けてください」

 挑戦の場、新たな就職先を探したが、監督やコーチとして受け入れてくれる高校はなかなか見つからなかった。

 昨年10月、「以前から行きたいと思っていた」というNPB・フェニックスリーグのアルバイトに応募した。宮崎県内各地で開催される試合で若手に交じり、66歳は球拾いやスコアボードのスイッチ係、用具の運搬などで汗を流した。

 10月末、テレビで宮崎のローカルニュースが流れ、宮崎県初のプロ球団として宮崎サンシャインズが発足したことを知った。これも何かの縁だと宮崎の高校野球関係者を「何でも手伝います」と申し出た。元広島投手で監督の金丸将也(35)や球団幹部からトライアウト(入団テスト)の審査員を頼まれた。話が弾んで、コーチとして依頼を受けたのだった。

 周囲からは相当に反対された。「独立リーグはプロだ。一度プロになれば再びアマチュアに戻るのは難しくなるぞ」と警告する友人もいた。

 「新たなステージへ挑戦する気持ちが勝った。とにかく野球の現場に居続けることを最優先した。いま目の前にあるものを大事にしたい」

 入団を決断した。コーチ、そして球団や選手を支えるチームアドバイザーの肩書もついた。

 神前は病気なのだという。「病膏肓(やまいこうこう)に入る、というやつです」。膏肓の「膏」は心臓の下部、「肓」は横隔膜の上部で体の奥深いところを意味する。そんな深いところに病気が入り込むと治療は難しい。重い野球病である。

 珍しい、指導者としてアマチュアからのプロ入りである。「負けたら終わりの高校野球から、負けても次があるプロへ、考え方を変えないといけませんね」

 自身を野球を求めてさまよう「野球難民」だと話していた。トライアウトに来ていた選手たちを見ていると、同じ「野球難民」だった。「高校、大学を出てもまだ野球がやり足りない。そんな思いを抱いている若者であふれていた」

 選出したメンバー30人は、北は北海道から南は宮崎まで、20歳から29歳。独立球団やクラブチーム、大学出など出身はさまざまだ。選手たちに問うたアンケートを見て驚いたそうだ。「NPB入りなど個人のステップアップの場としてとらえているかと思ったが、ほとんどが“勝ちたい”“日本一になりたい”とチーム本位の考えだった。一緒に力を合わせて勝とうと奮いたった」

 背番号「89」は「ヤキュウ」と、ソフトバンク監督時代に同番号を背負った王貞治への敬意が込められている。

 再び妻を西宮市の自宅に残しての単身赴任。宮崎市内1Kのアパートで暮らす。近くに地元出身の儒学者、安井息軒(そっけん)の記念館や旧宅が望める。心はすでに新たな故郷、宮崎にあった。  =敬称略= (編集委員)

 ◆内田 雅也(うちた・まさや) 1963(昭和38)年2月、和歌山市生まれ。桐蔭高―慶大から1985(昭和60)年4月に入社以来、野球記者一筋。アマ野球、近鉄、阪神などを担当後、野球デスク、大リーグ担当(ニューヨーク支局)、2003年編集委員(現職)。紙面では2007年4月から主に阪神を書くコラム『内田雅也の追球』を執筆。来月で還暦60歳を迎える。

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