【内田雅也の追球】変わるもの、変わらないもの。安芸の町には変わらぬ阪神への愛情があった

[ 2022年11月10日 08:00 ]

日の出を迎える安芸の海岸
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 いま泊まっている高知県安芸市のホテルはかつて、阪神のキャンプ宿舎だった。夜には宴会場でシャドーピッチング、駐車場ではネットが張られ、ティー打撃が行われていた。1989年2月、外食から帰った現監督・岡田彰布が新人・金子誠一に手本のスイングを示したこともあった。

 町を歩いてみた。早朝に出て、海岸で日の出を迎えた。1965(昭和40)年2月、阪神が初めて訪れた当時、監督・藤本定義が好んで朝の散歩をした砂浜である。

 一時期、村山実や江夏豊ら投手陣が寝起きしていた旅館は廃業していた。パン屋も焼き肉店も営業していない。寿司店が店構えそのまま居抜きでイタリア料理店になっていた。スナックがラーメン店になっていた。店主は「昔は町中を普通にタイガースの選手たちが歩いていましたが……。時代でしょうか」と寂しがっていた。

 阪神は来春から2月の春季キャンプで2軍も安芸を離れ、沖縄・具志川に移る。安芸は寂しくなる一方である。時代だろう。町は変わっていく。

 <野球好きの老人が試合を見ていた。老人は、目にしているものが気に入らない様子だった>とジョージ・F・ウィルの名著『野球術』(文春文庫)にある。「結論」の章の冒頭にある。

 <いまの野球は、あるべき姿から外れている。選手たちは昔とちがって野球の美点を学ぼうとせず、その場しのぎのプレーに終始している……>

 老人の嘆きが続くが、<この文章は、一九一六年発行の『スポルディング・ベースボール・ガイド』に掲載されたものだ>とあって驚く。昔も今も“昔は良かった”と懐かしむのが、野球人なのかもしれない。

 映画『フィールド・オブ・ドリームス』で作家テレンス・マン(原作ではJ・D・サリンジャー)が主人公の農場主レイに「長い年月、変わらなかったのは野球だけだ」と語る。「アメリカはばく進するスチームローラー。すべてが崩れ、再建され、また崩れる。だが、野球はそのなかで踏みこたえた」

 散歩の途中、神社を見つけ、詣でてみた。「虎いちばん」「優勝祈願」と彫られた石碑が建っていた。「タイガータウン あき」「寄贈 ファン一同」とある。町には変わらぬ阪神への愛情があった。昔のように、川ではアオサギがたたずみ、頭上ではトンビが輪をかいていた。=敬称略=(編集委員)

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