【内田雅也の追球】絶望するには早い 女神の心をつかむため、ケロリとして笑い、謙虚に前を向きたい

[ 2022年9月21日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神4-5DeNA ( 2022年9月20日    甲子園 )

阪神・矢野監督と記念写真におさまる西村幸生投手の長女ジョイス津野田幸子さん(左から2人目)と岡本利之捕手の長女、衣笠協子さん(右から2人目)ら関係者(2019年9月20日、甲子園球場)
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 敗戦後、甲子園球場記者席やエレベーター、関係者通路で球団職員たちと顔を合わせた。「痛い」と口をそろえた。

 本当に痛い。阪神は激痛がする逆転負けを喫した。9回表、クローザー岩崎優が5安打され、2点リードを守り切れなかった。8回裏、執念でもぎ取った逆転の3点をそのまま返されたのだ。

 岩崎は明らかに球が走っていなかった。それでも1点を失って2死一、二塁と「あと1人」までこぎつけた。ここから同点打、さらに勝ち越し打を浴びるのである。

 「クローザーを出して負けたなら仕方がない」という考え方がある。最後を締める投手への信頼から監督は「あとは任せた」と動かないわけだ。

 そうだろうか。シーズン中盤ならいざ知らず、一戦必勝の最終盤は「仕方ないことはない」のではないか。1失点の後、または同点の後、控えていたはずの湯浅京己を投入する手はなかったか。

 名人にもなったプロ棋士、米長邦雄が勝利の女神の判断基準として<いかなる局面においても「自分が絶対に正しい」と思ってはならない>と書いている。著書『運を育てる』(祥伝社文庫)にある。つまり<謙虚でなければならない>。

 絶対の用兵などないわけだ。結果、岩崎は傷心し、チームは落胆した。今後に尾を引きそうだ。

 こんな時は<ケロリと忘れる>と、同じくプロ棋士で十五世名人の大山康晴が『勝負のこころ』(PHP研究所)で書いている。<決断すると、こんどはさっと忘れて、つぎに進んでいく>。

 3年前のこの日、2019年9月20日、阪神は試合がなく、甲子園球場で練習だった。草創期の剛腕、西村幸生(戦死)の長女、ジョイス津野田幸子が見学に訪れた。監督・矢野燿大が「光栄です」と笑顔で応対した。翌日から6連勝でシーズンを終え、3・5ゲーム差を逆転、3位でのクライマックスシリーズ(CS)進出を決めた。

 「幸運を運んだのよ。勝利の女神だったのよ」と幸子は言う。確かにそんな気がする。何しろ明るいのだ。米長は女神は笑顔を好むとしている。

 冒頭のフロントマンの1人は「残り5試合を全勝するしかない」と話した。そう、全勝すればいいではないか。絶望するには早い。ケロリとして笑い、謙虚に前を向きたい。女神の心をつかむのである。 =敬称略=
 (編集委員)

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