【内田雅也の追球】「恐い顔」の暗さと重さ 今の阪神には心に留め置いて損はない

[ 2022年5月13日 08:00 ]

雨のため試合中止となった甲子園球場
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 甲子園球場の「平成の大改修」に際した原則のなかに「自然との調和」がある。人工芝やドーム化を避け、「甲子園らしい伝統と風格」を保つことが前提にあった。

 <やはり野球は自然の中でやるのがいい、雨や風が神になったり悪魔になったりするのがいい>と阪神監督が感慨にふける。阪神ファンだった作詞家・阿久悠の小説『球臣蔵(きゅうしんぐら)』(河出文庫)で、97年のスポニチ本紙での連載が書籍化されたものだ。

 登場人物は偽名だが、明らかに誰だと分かる。監督は岡田彰布だった。甲子園での試合が雨天中止となり、独り三宮のバーに出向く。チームは不調で競り負けが続き<善戦疲れ>が出ていた。まるで今の阪神である。

 この日、甲子園は時折激しく降る雨で広島戦が中止となった。昔から雨で試合の明暗や、シーズンの流れが変わる。今回の雨を「神」にして巻き返したい。まだ104試合も残っている。

 『球臣蔵』では雨で3連戦が流れ、シーズンの流れも変わった。2軍から八木裕、亀山努、新庄剛志ら大量10選手を昇格させ、落合博満らベテラン中心の打線に活を入れ、逆転優勝する。

 10人を1軍に送り出す2軍監督・西本幸雄は「みなさん、天国(1軍)へ上がって行ったら、恐い顔をして野球をやってください」と言葉を贈る。「やさしい顔で明るくやれるスポーツではないのです。(中略)野球に限らず、プロの存在価値は暗さです。重さです。普通の人には絶対耐えられない暗さと、背負えない重さを軽々やってのけることの値打ちです」

 言葉は延々続く。「意外とか、奇跡とか、戦慄(せんりつ)とか、狂気とか、日常では持ち得ない言葉を具現化するのがプロの使命だと思ってもらいたい」「同情されると萎(な)えるのです。滅びるのです」

 阿久はあとがきで<二十一世紀になればなるほど、理にかなったスポーツとしてのベースボールより、どこか理不尽な人間劇の野球の方が共感を得られる>と予感、いや予言している。
 西本は最後に「胸を張って下さい。下向くと、志が低くなります」と言って送り出す。

 明るさや軽さを表に出す今の阪神とは異なる野球観かもしれない。ただし、阿久が示した警句の数々は心に留め置いて損はない。=敬称略=(編集委員)

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2022年5月13日のニュース