【内田雅也の追球】頂点に立つ者の定め 「一日一生」の生き方をプロ野球新人も心に刻むべき

[ 2022年1月10日 08:00 ]

第48代横綱・大鵬

 昨年引退した白鵬は横綱昇進の前日、つまり2007年5月29日、大横綱・大鵬を訪ねた。初対面だった。「横綱になったら、常に引退のことを考えなさい」

 白鵬は<横っ面を張られる思いで聞いた>と新幹線車内で読んだ。ビジネス情報誌『ウェッジ』2015年8月号で、記事はパソコンに保存してある。<横綱は免罪符を持たない。白鵬の終生の道標である>とあった。

 番付を上り詰め、位は下がらないが負ければ引退がつきまとう。

 プロ野球も実はそういう世界だ。野球界のピラミッドの最高峰。幼いころから野球に親しみ、力と技を高めてきた選手たちにとって、プロは最高の舞台である。その先は――大リーグを先とする考えはさておいて――もうないわけだ。プロとしてやるなら、必ずや野球と別れる日が来ると肝に銘じておきたい。

 9日、鳴尾浜で始まった阪神の新人合同トレーニングで、監督・矢野燿大は新人たちに「終わりを思い描く」と諭した。必ず来る引退を想像した方が「毎日毎日、全力でやる一日を過ごしていける」と伝えた。

 天台宗の大阿闍梨(あじゃり)、酒井雄哉(ゆうさい)の『一日一生』を思う。著書(朝日選書)のタイトルでもある。

 「何も変わらないように見えても自分自身はいつも新しくなっている。毎日毎日、生まれ変わっているんだよ」「だから『一日が一生』と考える。『一日』を中心にやっていくと、今日一日全力を尽くして明日を迎えようと思える」。酒井は大病も乗り越え、命がけの「堂入り」など千日回峰行を2度も満行した。

 2006年6月、エレベーター事故で他界した東京都立小山台高の球児、市川大輔(ひろすけ)のメールアドレスは<everyday my last>。毎日、最後のつもりでいた。本当に最後となった日誌にはこうあった。<夏の大会まで、もう時間がなくなってきた。いかに自分に厳しくできるかが、一日を生きるのに大切なことだと思う。限られた一日という時間を他人に優しく、自分に厳しくできるように。そしてその一日が有意義であるように過ごしていきたいと思う>。

 いずれ「終わり」は訪れる。だから、一日を大切にしたい。毎日を精いっぱい生きたい。

 矢野が新人の「始まり」の日に贈った「終わり」の言葉の意味をかみしめたい。 =敬称略= (編集委員)

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