日本ハム 稲葉氏が編成トップに!新監督就任最有力の新庄氏サポート 盟友とタッグ

[ 2021年10月24日 05:31 ]

稲葉篤紀氏
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 日本ハムの新監督にOBの新庄剛志氏(49)の就任が最有力となっているのに続き、同じくOBで、侍ジャパンを東京五輪の金メダルに導いた稲葉篤紀氏(49)がフロントの要職に就くことが23日、分かった。GMを含む編成トップを担うとみられる。3年連続Bクラスからの再建は、かつて右中間を守った2人のタッグに託される。

 実現すれば地元ファンにとってはたまらない強力タッグとなる。3年連続Bクラスが決まった日本ハムは、投打ともに再建の途上。新監督として、札幌ドームを沸かせた新庄氏が最有力候補となったばかりだが、ともにチームを形づくるフロントの要職に侍ジャパン前監督の稲葉篤紀氏が就くことが分かった。

 日本ハムのSCO(スポーツ・コミュニティー・オフィサー)を務める稲葉氏は、17年7月に侍ジャパンの監督に就任。歴代最長の4年2カ月にわたって指揮を執り、金メダル獲得が至上命令であった今夏の東京五輪の野球競技で5戦全勝での頂点に導いた。9月30日の退任会見では「これからも日本の野球界を支えていきたい。いただいたご恩に対し、野球界の発展に貢献していくことが恩返しになる」と話した。その第一歩が日本ハムフロントでの、再建への陣頭指揮となる。

 侍ジャパン監督として12球団の視察を続け、200人近いリストから、選手選考に頭を悩ませ続ける日々を過ごした。東京五輪では「いい選手を選ぶのではなく、どうしたらいいチームをつくれるのか」と24人を選出。故障者が出て追加招集となったソフトバンク・千賀や日本ハム・伊藤が活躍するなど、チームの和も考え、重圧の中で最高のパフォーマンスを発揮するためのチームづくりが、五輪正式種目としては初の金メダルにつながった。指揮官としてはもちろん、チーム編成の手腕が何よりも光った。

 14年の現役引退後は日本ハムのSCOに就任。代表監督業の傍ら同職を続け、地元北海道の地域活性化に努めてきた。将来的な監督候補であり、ユニホームは着なくても、編成業務などで野球人としての幅をさらに広げることになりそうだ。

 新庄氏とは同じ72年生まれで、自身が1学年後輩。05年から札幌ドームの右中間でコンビを組み、ともに走攻守そろった外野手として06年の日本一の中心を担った。稲葉氏の役職はGMを含む編成トップで検討されているとみられ、タッグ再結成となれば、引退後長く野球界を離れていた新庄氏を力強くサポートしていくことになる。

 ◇稲葉 篤紀(いなば・あつのり)1972年(昭47)8月3日生まれ、愛知県出身の49歳。中京大中京から法大を経て、94年ドラフト3位でヤクルトに入団。04年オフに日本ハムにFA移籍。07年に首位打者、最多安打のタイトルを獲得。12年4月28日の楽天戦で通算2000安打を達成した。通算成績は2213試合で打率・286、261本塁打、1050打点。17年7月に侍ジャパンの監督に就任し、今夏の東京五輪で金メダル。左投げ左打ち。

 【稲葉&新庄アラカルト】

 ☆鉄壁の外野陣 日本ハム時代の06年、自身は右翼で中堅・新庄、左翼・森本との3人でゴールデングラブ賞の外野手部門を独占した。外野で3人で片膝をつき、グラブを頭に乗せる姿はおなじみに。

 ☆SHINJO5 05年9月19日の西武戦(札幌ドーム)。新庄本人とともに稲葉、小谷野、森本、石本の5人が新庄そっくりのマスクをかぶり、背番号1のユニホーム姿でシートノックを受けた。

 ☆五輪招致の始球式 08年5月18日のソフトバンク―日本ハム戦(ヤフードーム)で新庄氏が始球式に登場。145キロの直球で森本を遊ゴロに仕留めた。この始球式は16年の東京五輪招致にちなむイベントで、のちに侍ジャパンの稲葉監督が誕生し、21年東京五輪で金メダルを獲得した。

 ☆現役復帰宣言にエール 19年11月、新庄氏が現役復帰を表明すると、侍ジャパンの稲葉監督は「自分がやりたいだけでなく、将来の野球界を心配し考えているのではないか。目指すのであれば応援したい」とエール。

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