【内田雅也の追球】前を向くために現実を受けとめる 痛恨引き分けの阪神 「弱さ」を受けいれる姿勢

[ 2021年10月21日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神0ー0ヤクルト ( 2021年10月20日    甲子園 )

9回、サヨナラの好機も左飛に倒れ最後の打者となった糸原(撮影・大森 寛明)
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 映画『グッド・ウィル・ハンティング』で青年ウィル・ハンティングが精神科医ショーン・マグワイアに亡き妻を「この人だ」と意識したのはいつかと尋ねるシーンがある。「1975年10月21日」と即答する。46年前のきょうである。

 ワールドシリーズ第6戦でレッドソックスのカールトン・フィスクが延長12回、サヨナラ本塁打を放った。物語の舞台ボストンでは、誰もが知る伝説の一戦だ。

 ショーンはフィスクがポール際の打球に「入れ、入れ、入れ」と3度両手を振りながら走りだすしぐさをまねる。そしてカウンセリングで語りかける。「自分の弱さを受けいれなければ、いつまでも人生は変わらない」

 試合後、阪神監督・矢野燿大も「受けとめて、やるしかない」と同じようなことを言った。ヤクルトと最後の直接対決。スコアは0―0だが、激しい闘志の見えた攻防戦。間違いなく好ゲームだった。ただし、結果がすべてで、引き分けでは相手のマジックが減る。つらい現実があった。

 現実を受けとめたうえで前を向くしかない。残り4試合を全勝し、ヤクルトが2勝4敗ならば、栄冠を手にできる。まだあきらめるのは早い。

 そのためには、ショーンの言う通り、弱さを受けいれる必要がある。

 最後の打者となった糸原健斗の打席を脳裏に刻みたい。9回裏2死二塁、一打サヨナラの場面。スコット・マクガフに3連続を含め4本のファウルで粘った。9球目を左飛に倒れたが、見応えのある打席だった。

 この夜、阪神打者のべ32人のうち、打席で最も多く球数を投げさせたのが、最後の糸原だった。次いでは6球が3人(2回裏ジェフリー・マルテ、3回裏坂本誠志郎、8回裏島田海吏)。投球数は3投手あわせて、わずか115球だった。高橋奎二の立ち上がりから、投手戦が見えていたが、打者陣は球数を稼ぐこともできなかった。もちろん打者は工夫も努力もしていた。バットを短めに持ち、追い込まれてからはさらに指1本短く持ったが、それでも粘れなかった。もう一段階上の技術や、食らいつく姿勢がいるのだろう。

 自慢の機動力も使えなかった。3度出塁の中野拓夢や走者入れ替わりで近本光司も一塁走者となったが、スタートを切ったのは1度だけだった。

 映画でショーンが語っていた。「はじめの一歩を踏み出すのを恐れるな」を思い出す。

 5回裏無死一、二塁の絶好機。小野寺暖に初球バスターを仕掛けたのは理解できる。まだ小技がきかない長距離打者は凡飛を上げてしまった。これもまた現実である。

 寒空の甲子園、左翼スタンド上空に満月が浮かんでいた。確か、黄色く光るはずが、青く見えたのは気のせいだろう。=敬称略=(編集委員)

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2021年10月21日のニュース