【内田雅也の追球】阪神「好転」の秋分の日 スアレス初の「BS」も負けなかったと考える

[ 2021年9月24日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神3ー3中日 ( 2021年9月23日    バンテリンD )

<中・神(20)>9回、ビシエドの遊ゴロを好捕する中野
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 「BS」の意味を教えてくれたのはセシル・フィルダーだ。阪神担当だった1989年、インターネットなどなく、まだ、大リーグ情報など少なかった時代である。雑誌で見た大リーグの投手成績表にある「BS」の意味が分からなかった。甲子園の試合前練習中、フィルダーに近寄り「このBSって何?」と聞いたのだった。

 「ブロウン・セーブだよ」と言った。「え?」と聞き返すと「ブロウンさ」と右手で風が吹くしぐさで教えてくれた。

 「そうか、ブロウ(blow)の過去分詞か」と合点がいった。「Blown Save」だ。フィルダーの手で示したように、セーブが風で吹き飛んでしまうわけだ。セーブ失敗だと知った。

 そんなBSを今季初めて見た。阪神のクローザー、ロベルト・スアレスが2点リードの9回裏、3連打を含む4安打を浴びて2失点。チームの勝利をフイにした。今季49試合目の登板、34度目のセーブ機会で初のBSだった。

 表情一つ変えず、仁王立ちする。そんな投球を続けていたスアレスも人間である。ならば、いや、だからこそ失敗することもある。

 しかし、彼を責める者などいないだろう。接戦の最終盤、まさに金剛力士(仁王)のように守ってくれた。南米ベネズエラ出身、20歳のころは建設作業員やタクシー運転手をしていた。野球に夢を抱く30歳の一人の人間である。

 阪神としては、引き分けですんだ、負けなかった……と考えるべきだ。フィルダーの手のように、失敗のことは風で吹き飛ばしてしまいたい。

 実際、9回裏には敗戦を免れる好守があった。1失点後の無死一、二塁で中野拓夢が三遊間ゴロを飛び込んで好捕、二封してみせた。最後、1死満塁での三ゴロ併殺では、本塁上で転送した梅野隆太郎の一塁送球はまさに剛球だった。

 もう一つ、福留孝介の浴びた左越え同点二塁打は、打球がラバーフェンスの扉の隙間にはさまり、エンタイトル二塁打になった。めったにないことで、もしフェンスで跳ね返っていれば一塁走者生還でサヨナラ負けだったろう。

 依然、貧打の打線も、1回表、近本光司の二盗直後、ジェフリー・マルテが適時打する、いい流れがあった。失敗を恐れない盗塁スタートだった。8回表には大山悠輔が11試合ぶりの打点となる勝ち越し2点打を放った。詰まるのを恐れないスイングだった。恐怖心を上回る「超積極的」な姿勢が見え始めている。

 広岡達朗が人生の師と仰ぎ、近年では大谷翔平も影響を受けたという思想家・中村天風の言葉にある。「困難にであった時“ありがたい。この程度ですんでよかった”と感謝すると、その瞬間から人生は好転する」。月刊『致知』で読んだ。

 そう、感謝したい。感謝は力だ。苦しいなか、感謝する相手がいるのは自分を応援してくれる者がいるということだ。

 監督・矢野燿大も愛読する作家・喜多川泰が昼夜の長さが逆転する秋分の日に向け、SNSで「陰極まれば陽に転ずる」と発信していた。「行くところまで行くと、ひっくり返る臨界点があります。いいきっかけにしたいですね」

 苦しい戦いを続ける阪神に向けたエールのように読める。6試合連続3点以下の貧攻も底をついたかもしれない。

 試合後、名古屋から新幹線で東京に入った。「のぞみ号」である。希望を持ってきょう24日からの巨人戦に臨みたい。

 余計な心配だと言われそうだが、最近、矢野の目が赤い。眠れているだろうか。秋の夜長、好転を感じて床に就きたい。

 「希望に起き、感謝に眠る」は野村克也が現役時代、色紙に書いた言葉である。日蓮宗の教えにあるらしい。好転に感謝し、希望に目覚めようではないか。 =敬称略= (編集委員)

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