【内田雅也の追球】阪神大勝への“地味な”美技 近本、大飛球好捕を連発 最大5差に「オイ、悪魔」

[ 2021年6月10日 08:00 ]

交流戦   阪神10-3日本ハム ( 2021年6月9日    札幌D )

<日・神(2)> 3回2死一塁、近本は王の打球をジャンピングキャッチ(撮影・大森 寛明)
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 4、5回表と連続4点のビッグイニングで大勢を決めた阪神だが、序盤3回までの戦い方次第では全く違った展開になっていただろう。

 それほど先発・秋山拓巳の立ち上がりは不安定だった。今季過去8試合、51回を投げ、与四球わずか7個(9回平均1・2個)と当代随一の制球力を誇る右腕が3回までに2四球を与えていた。それも2、3回裏と回の先頭打者を出した。このピンチを救ったのがセンター・近本光司の好守である。

 2回裏は2死一、三塁で浅間大基に浴びた右中間寄り大飛球に快足を飛ばしフェンス際で好捕した。秋山が両手をたたいて感謝していた。3回裏は2死一塁で王柏融の左中間寄りをまたもフェンス際で好捕した。

 まだスコアは1―1同点で、抜けていれば勝ち越し点を許していた。追う展開ならば、4、5回表の大量得点もなかっただろう。相手に流れを与えず、踏ん張ったのだ。

 好捕と書いたが、ダイビングしたり、フェンスに激突したり……といった派手さはない。落下点まで最短距離で向かいランニング捕球したのだ。地味で目立ちはしないが、美技だったとたたえたい。

 飛び込むような捕球を現役時代、阪急(現オリックス)の名センターだった福本豊は「本当にうまい選手は、難しい打球を普通に捕るもんや」と話している。打球判断や落下点へ走るコースを間違わない。平然と捕るのが一流なのだろう。

 若手のころ、中田昌宏のノックで鍛えられた。中田は現役時代、本塁打王にもなった右打者で、当時打撃コーチだった。監督・西本幸雄から「福本に生きた打球を打ってやってくれ」と要請され、専属のノッカーとなった。

 著書『走らんかい!』(ベースボール・マガジン社新書)によると、中田は「最短距離を走れ」が口癖だった。「ボールを追いかけるな。ボールは後から飛んでくる」。いつの間にか、ボールが後から来る感覚が身についたそうだ。

 近本も外野守備コーチ・筒井壮のノックで鍛えられていたのだろう。ふだんプレーしない札幌ドームの広い外野でも感覚は間違っていなかった。

 近本は4、5回表の大量得点でも蚊帳の外。4打席とも出塁できず、攻撃面では得点に絡んでいない。しかし、あの2つの好捕で十分すぎるほど勝利に貢献していたわけである。

 チームは大勝で、敗れた2位・巨人とのゲーム差は今季最大の5と開いた。

 福本は中田から守備ばかりでなく「オイ、悪魔」という言葉も教わった。別の著書『阪急ブレーブス 光を超えた影法師』(ベースボール・マガジン社)にある。「怒るな、威張るな、焦るな、腐るな、迷うな」の頭文字で、当時阪急の選手たちは「オ・イ・ア・ク・マ」と標語か、呪文のように唱えていた。

 シーズンは何が起きるか、誰にも分からない。「一寸先は闇」の世界である。

 大リーグの名フロントマンで知られるサンディ・アルダーソンが語っている。ジョージ・F・ウィルの『野球術』(文春文庫)にある。

 「悲しい話だが、どの試合を最後に勝てなくなってしまうのか、いま負けたばかりの試合が谷底なのか、わかりはしない。結局どの試合がシーズンの頂点だったのかは、決してわからないというのが現実なんだ。(中略)常に浮かれ過ぎず、落ち込み過ぎぬように、というベースボールの古い警句は、つまり平常心を保てということだ。いつだって一寸先は闇なんだから」

 どこに悪魔が潜んでいるのか、分からないわけだ。「オイ、悪魔」は、今の阪神に見合う警句だと言えるだろう。 =敬称略= (編集委員)

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2021年6月10日のニュース