【内田雅也の追球】好機に勇む「ミスター」の資質 佐藤輝は阪神通算200本目 満塁弾の系譜

[ 2021年5月4日 08:00 ]

現役晩年は監督兼任で自ら代打逆転満塁サヨナラ本塁打も放った藤村富美男

 記録には当日気づかず、後日判明するものもある。佐藤輝明が2日、広島戦(甲子園)で放った逆転決勝の満塁本塁打は阪神球団史上200本目という節目の一発だった。3日になって、球団発行のメディアガイドを見て知った。「持ってる男」と言われる大物新人はまた一つ、球団史に名を刻んだわけだ。

 満塁本塁打一覧から節目のものを書き出してみる。

No.  打者  <年月日>  相手 (球場)
1号=伊賀上良平<1936・10・23>大東京戦(宝塚)
50号=池田 純一<1969・9・3>アトムズ戦(甲子園)
100号=R・バース<1986・5・25>大洋戦(横浜)
150号=浜中おさむ<2002・8・7>広島戦(広島)
200号=佐藤 輝明<2021・5・2>広島戦(甲子園)

 阪神の満塁本塁打の上位10傑は次の通り。

No.  打 者  本
(1) 岡田 彰布 8
(2) 藤村富美男 7
(2) 藤本 勝巳 7
(2) 田淵 幸一 7
(5) 掛布 雅之 6
(5) 金本 知憲 6
(7) カークランド5
(7) 真弓 明信 5
(7) 八木 裕  5
(10) ソロムコ  4
(10) ブリーデン 4
(10) バース   4
(10) 木戸 克彦 4
(10) 新庄 剛志 4
(10) 今岡 誠  4

 いずれも、勝負強い打者が並んでいる。そしてやはり、劇的な一発が思い浮かぶ。

 最多8本の満塁弾を放った岡田彰布で印象深いのは、1989年6月25日、巨人戦(甲子園)での逆転決勝の満塁弾だ。プロ野球唯一の天覧試合からちょうど30年目、昭和天皇が崩御された年、同じスコア5―4で巨人にやり返すという因縁めいた一撃。両軍監督は長嶋茂雄にサヨナラ弾を浴びた村山実、完投勝利をあげた藤田元司だった。

 1―4で8回裏を迎えた時、岡田は「2死満塁になればオレの出番や、と気合を入れていた」そうだ。劇的弾でヒーローになるイメージを膨らませていたのだと知った。超満員5万5千観衆が沸き返ったのを思い出す。

 「ミスター・タイガース」藤村富美男は7本を放っている。特筆すべきは現役最後の本塁打(通算224号)となった56年6月24日、広島戦(甲子園)での代打逆転サヨナラ満塁本塁打という快挙をやってのけている。

 0―1の9回裏2死満塁。当時、藤村は監督兼任で三塁コーチボックスにいた。打順が8番捕手・石垣一夫に回り、一塁ベンチを出た主将・金田正泰は<三塁コーチャー藤村のところへとんでいった。そして藤村兄は打席に立った>と、当時のスポニチ本紙にある。

 世間に伝わるように、球審・稲田茂に「代打、わし」と告げたかどうか。広島エース長谷川良平から左翼へ劇的な一発を打ち込んだのだった。

 球団創設期から知る松木謙治郎は<勝負強さにかけては藤村が第一人者>と『タイガースの生いたち』(恒文社)に記した。<チャンスで打席に回ると並の選手は萎縮するなか、藤村は喜んで打席に向かっていった>。

 岡田や藤村のように、劇的場面に勇み、好機に燃える性格に千両役者の資質をみる。

 大リーグでは「ホットドッグ」と呼ばれ、派手なプレーでファンを魅了する。日本で言えば「ミスター・プロ野球」長嶋茂雄である。

 野球を愛した正岡子規は満塁時の興奮を<今やかの三つのベースに人満ちてそゞろに胸のうちさわぐかな>と詠んだ。

 佐藤輝もいま、好機に勇み、胸騒ぎを覚えているのだろう。初の4番抜てきに気後れすることなく、逆転決勝の満塁弾で応えた。監督・矢野燿大は「ファンの人の記憶に残ることやビックリするようなことが起こせるというのは、何か持っている」と話した。「ミスター」を名乗るスター性まで感じると書いても書きすぎではないだろう。 =敬称略= (編集委員)

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