【内田雅也の追球】「努力の音」が響くか

[ 2021年1月9日 08:00 ]

鳴尾浜の遊歩道。左はタイガースデンの室内練習場
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 川相昌弘が巨人2軍で若手だったころの話だ。川崎市のジャイアンツ球場室内練習場で打撃練習する音は、隣接する寮にも聞こえてきた。

 アーム式投球マシンから「ゴーン」とボールが放たれ、「カーン」と打球音がし、ネットに当たったボールが「カサカサ」と転がり落ちる。

 <川相の練習は寝ていても聞き分けられたという>と巨人球団代表だった清武英利の『巨人軍は非情か』(新潮社)にある。1988年入団の同期生で、後に2軍育成ディレクター、寮長を務めた松尾英治の思い出を基に書いている。

 休養日。日ごろの疲れから、2軍選手の多くは昼ごろまで寝ているが、川相は外出する日も午前中に練習した。音が違っていた。「ゴーン」の後「コン」としか聞こえない。バントの練習を繰り返していたのだ。

 通算533犠打のギネス記録の陰には単調な「ゴーン」「コン」の繰り返しがあった。清武は<努力の音>と書いた。

 同じような音が聞こえる場所が阪神にもある。西宮市鳴尾浜のファーム施設「タイガースデン」裏側の遊歩道である。自宅に近く、散歩コースの一つにしている。緑を残そうと「市民の森」として87年から段階的に植樹された道である。

 室内練習場が道に面してあり、よく「カーン……カーン……」と打球音が聞こえてくる。8日午後に歩いた。粉雪が舞うなか、耳を澄ませたが音はなかった。新人選手たちはNPBの新人研修会をオンラインで受講している時間帯だった。他の選手たちもたまたま時間帯が違ったのだろう。

 あの「カーン」は耳に心地よい。清武が書いたように努力の姿が目に浮かぶからである。

 ただし、熱い汗に冷や水をかけるようだが、プロ野球選手が練習、努力するのは当たり前だ。誰だって努力はしている。

 清武が<努力の音>を書いたのは2008年9月。当時、19歳で遊撃の定位置を奪った坂本勇人はナイター後、帰寮し深夜1時半まで室内で「ゴーン……カーン……カサカサ」とやっていた。長嶋茂雄の深夜の素振りにも触れたうえ<時に選手から「頑張っているんですが」と言い訳されると鼻で笑ってしまう>。それほど厳しい勝負の世界なのだと自覚したい。

 川相は2月の阪神キャンプで臨時コーチを務める。沖縄でまた<努力の音>が聞けることだろう。=敬称略=(編集委員)

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2021年1月9日のニュース