【内田雅也の追球】なぜスクイズだったのか コロナ大量感染で非常時の阪神 痛恨の作戦失敗

[ 2020年9月26日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神3-6ヤクルト ( 2020年9月25日    神宮 )

<ヤ・神(16)>6回無死二、三塁、坂本はスクイズを狙うも空振り(撮影・坂田 高浩)
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 スクイズ失敗を見ると、西本幸雄を思う。1979(昭和54)年、近鉄―広島の日本シリーズ最終第7戦(大阪球場)。近鉄は1点を追う9回裏1死満塁、監督・西本が石渡茂に命じたスクイズが失敗し、敗れた。山際淳司『江夏の21球』のハイライトシーンだ。

 「ストライクは3つ振ってこい」と送り出した石渡にスクイズを命じた「それなりの理由」も生前、直接聞いた。初球、高めからのカーブに対し、石渡が「しゃがみ込むようにして見逃した」。消極的に映った。瞬間「追い込まれると策がなくなる」と決断した。

 結果は江夏豊にカーブで外され、空振り。三塁走者が憤死した。

 この夜、失敗に終わった阪神のスクイズで、監督・矢野燿大が決断した理由も当然ある。ただし、指揮官は作戦失敗の事情など語りはしない。

 推測で書く。3―3同点の6回表無死二、三塁。打者は坂本誠志郎。初球、ほぼ真ん中の直球を見逃した。まさか「待て」はない。いや、坂本自らが作戦を待ったか。

 矢野は坂本の見逃し方に、西本が見て取った消極性を感じたろうか。その後2球がボールとなり決行した。

 投手の西勇輝にも打席が回る打順で、西続投を前提に早く1点が欲しいとの思いもあるだろう。

 江夏は石渡の見逃しに「仕掛けるのを待っている」とスクイズを警戒したという。ヤクルト・梅野雄吾も予感したか。または江夏同様に三塁走者の早いスタートが見え、カットボールで外角低めに外したのか。坂本は空振りし、三塁走者は憤死した。両者の失敗の経緯は非常に似ている。

 阪神は直後に勝ち越しを許して敗れた。流れを失った采配と批判を浴びるのは仕方ない。西本は「責任はオレが取る」と腹をくくっていた。矢野とて同じだろう。

 野球記者の草分け的存在、リング・ラードナーの命日だった。1933年9月25日、肺結核のため、48歳で永眠した。

 1910~20年代に活躍した。コラムは全米で人気を呼んだ。ユーモアに富んだ多くの短編小説を残したが、作家ではなく野球記者を自称した。

 代表作の一つ『アリバイ・アイク』は、ミスをしても好プレーをしても「ごめんよ、実は――」と言い訳や弁解ばかりしている強打者を取り上げている。アリバイは元ラテン語で「どこか他の場所」という意味だ。犯罪容疑者の不在証明で使われる。ラードナーは言い訳や弁解の意味で使い、流行語にもなった。

 野球で言い訳や弁解は無用だ。特にプロで敗戦の後に「実は――」はといった弁解はご法度だと言えるだろう。身にしみる敗戦も、明日への糧とするしかないのだ。

 阪神は非常事態だった。新型コロナウイルス感染者が選手・スタッフで7人も確認された。前夜から対応に追われ、この日試合前には多くの主力を含む10人の登録を抹消、2軍から9人を急きょ呼び寄せ登録した。重苦しい空気に覆われた試合だった。

 球団の管理体制や選手たちの自覚、チームで決めたルール「会食は4人以内」を破った姿勢など責任は問われよう。

 だからこそ、勝ちたい試合、そして勝てる展開だった。結果は作戦失敗で流れを手放すという最悪の敗戦に終わった。

 今季を振り返る時、節目となる一戦となる気がしている。=敬称略=(編集委員) 

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