【内田雅也の追球】「6・19」開幕の教訓 「野球発祥の日」自然との共存

[ 2020年5月26日 06:30 ]

米ニュージャージー州ホーボーケンにある「野球生誕の地」を示す銘板
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 「現代野球の父」と呼ばれるアレクサンダー・カートライトはマンハッタンの消防団員だった。クラブチーム、ニッカボッカーズを率い、ハドソン川対岸のニュージャージー州ホーボーケンでニューヨーク・ナインと初の対外試合を行ったのが今から174年前、1846年6月19日、金曜日だった。

 1チーム9人。ファウルラインを引いて90度の扇形グラウンドとし、塁間の距離を定め、3アウトで攻守交代などのルールは今に通じている。

 場所はエリジアン・フィールズ。球場はすでにないが、跡地は道路の中央分離帯の花壇となっており、野球発祥の地として銘板がある。ニューヨーク支局にいた2001年5月に訪ねた。

 さて、プロ野球の開幕日がついに決まり、発表された。野球発祥の日と同じ、6月19日の金曜日だ。何か不思議な因縁を感じてしまう。

 新型コロナウイルス感染症という疫病に、世界中の人びとは苦しみ、戸惑い、立ち尽くした。

 イタリアを代表する小説家で物理学者でもあるパオロ・ジョルダーノ(37)が書いた『コロナの時代の僕ら』(早川書房)が4月末に緊急刊行された。なかに『引っ越し』と題された文章がある。引っ越す主はウイルスなど微生物だ。

 <環境に対する人間の攻撃的な態度のせいで、今度のような新しい病原体と接触する可能性は高まる一方となっている。病原体にしてみれば、ほんの少し前まで本来の生息地でのんびりやっていただけなのだが>。

 森林破壊、動物の絶滅、家畜の過密飼育、森林火災……われわれ人間の尊大でごう慢な姿勢を悔いている。古来、人間は偉大な自然に対し、もっと謙虚だった。共存してきたはずだった。

 野球というスポーツには本来、そんな自然との共生の思想が織り込まれている。冒頭に書いた野球最初の試合が行われたのはエリジアン・フィールズ。フィールズと呼ばれたように、文字通り野原だった。余談めくが、エリジアンはパリのシャンゼリゼと同じ原義で、ギリシャ神話で有徳の人が死後に住む極楽浄土を意味する。

 カートライトが作ったルールには時間制限はない。野球場には外野の塀もない。時間にも空間にもしばられない遊びだった。投手が登板準備するブルペンも原義は「牛の囲い」だった。そんな牧歌的な雰囲気で野球は育まれ、親しまれてきた。「野球史家」と呼ぶべき作家・佐山和夫は「大自然を相手にしたスポーツ、それが野球」と語る。

 辛く苦しい日々を忘れてはいけない。「コロナ後」に向けての教訓はいくらもある。すべての野球人は野球発祥の日の「6・19」に復活する意味をかみしめたい。=敬称略=(編集委員)

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2020年5月26日のニュース