【内田雅也の追球】恐怖を抱き「神の采配」に立ち向かう。

[ 2020年4月2日 08:00 ]

伊集院静氏
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 作家・伊集院静が成人の日と新社会人がスタートする4月1日に新聞広告(サントリースピリッツ)で、若者たちへの激励文を書いている。2000年以降毎年である。

 1月にくも膜下出血で倒れ、緊急手術を受けたとニュースが流れたが、退院後の3月12日には事務所を通じてコメントを発表し<四月に新しく社会人となった若者へ贈るメッセージだけ執筆いたしました>と予告していた。

 <ようこそ、令和の新社会人。>と、令和初というの巡り合わせを題名にとっている。偶然と言えば偶然なのだが<偶然は神の采配だ>と断じる。<恋愛という出逢(であ)いもそうだし、発見という進歩も実はそうなんだ>。

 自己啓発書のバイブル『「原因」と「結果」の法則』(サンマーク出版)でイギリスの作家ジェームズ・アレンが<人生に偶然という要素は全く存在しません>と書いている。<人格のなかに組み込んできた思いの数々が、私たちをここに運んできたのです。よって>偶然はないという。

 映画にもなった『君の膵臓(すいぞう)をたべたい』(双葉社)で女子高生のヒロイン・咲良(さくら)が<僕>との出会いについて「違うよ。偶然じゃない」と反論する。「私達は皆、自分で選んでここに来たの。(中略)私達は自分の意思で出会ったんだよ」

 いま直面している新型コロナウイルスの疫病禍も疫学的なことはともかく、原因があってのことなのだろう。この<神の采配>に立ち向かっていかねばならない。

 伊集院が新社会人に向けた激励文はいまのわれわれにも通じている。<それぞれの時代に皆懸命に生きてくれたに違いない。アジアの片隅の、この国で人々は少しでも前へとゆたかにと汗を流し、向かい風に立ってきた>。

 この春、新入生を迎え入れる高校野球の監督から1日朝、「すぐそこまでやって来ているウイルスに怯(おび)えています」とLINEのメッセージが届いた。

 怯えるのは当然だ。怖い。連日多くの人々が命を落としている。志村けんは逝ってしまった。梨田昌孝は集中治療室に入っている。

 ウイルス、パンデミックと闘うアメリカ映画『アウトブレイク』(1995年公開)で主人公の軍医・大佐サム・ダニエルズ(ダスティン・ホフマン)が多数の死者が出た現場で、新入りの少佐に「怖いか」と問いかけるシーンがある。「恐怖を恥じるな。恐怖を感じないやつと仕事はしたくない」

 映画の冒頭には、ノーベル生理学・医学賞を受けたアメリカの分子生物学者ジョシュア・レーダーバーグの言葉が映し出されていた。「人類の優位を脅かす最大の敵はウイルスである」

 十分に恐怖を感じながら、行動したい。蛮勇など不要である。それぞれができることをやるしかないのだ。

 そして、広告にある<さあ、立ち向かおう。君ならできる>のメッセージを胸に、新年度を迎えたい。=敬称略=(編集委員)

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